2009年11月14日
没骨法と鉤勒法
そうか。戦争も水墨画みたい。一度筆を引いたら、もう白い色は戻らない。上に筆を重ねても、塗りつぶすことはできない。時間差の滲みは永遠です。人生もおんなじ。私は何度「あーあ、今から中学校に入りなおしたい」とか「あーあ、○○をやりなおしたい」と、思ったことでしょう。できないんだな、これが。私は筆。『もうちょっとでいいから背を高く整形手術をしたい』等と思っても人生は叶えてくれない。私の筆にどんな水を含ませるかという事だけが自分でできること。何だか女子レスリングの浜口パパの「気合だー」みたい。
帰りに車道の大塚屋でレースのカーテン地を買いました。150p幅で2.03mを4枚、2.39mを6枚注文し、帰宅して早速作ろうと思ったら、これが全て5p程長かったり、長さが違うのがあったりで、調整に手間取ってしまいました。服地だったら、多めにあったら『うっしっし』なのに…。やっぱり気合を入れないと明日中には出来ません。20年ぶら下がっていた、母達が業者に頼んで作ったレースのカーテンは、もう手をふれただけでビリッと穴の開くゴミと化しています。私は自分で作るんじゃ。
そんな訳で、オバマ大統領の初来日のニュースは横目。核のない時代は私達が生きている間には実現しないかもしれないなんて、寂しい。これも、一度作ってしまったら消せない。大統領が来年広島・長崎を訪問する可能性が出てきたけど、没骨法でも鉤勒法でもいいからしっかり核廃絶の道を描いてほしい。市民はその機運を潰さないで育てあげていきたい。大統領や首相たちだけでは出来ることでないもんね。お任せで立っているだけだと、我が家のドロドロビリリのカーテンに成り果てる。
2009年11月12日
森繁さんの訃報
森繁久弥さんが亡くなりました。母に聞かせるために図書館のテープを片っ端からダビングしたので、森繁さんの声は我が家にもいっぱいあります。ネットでもちゃんと聴けるサイトがあります。加藤道子と二人だけですべての登場人物をこなして50年以上の歴史を誇るNHKラジオの「日曜名作座」の一つをちょっとだけ聴いてみました。絶品。
「静かに呼吸が止まった、穏やかな最期だった。父は寿命をきっちり使い果たした。90数%は俳優として生きたが、最期は家族が自分たちの肉親として見送ってあげられた。いおやじだった。思いやりがあって、裏表がなく、さっぱりした人だった」と息子さんの会見の言葉。ひつぎには家族の写真や孫たちの手による折り紙が入れられ、羽織はかま姿で旅立ち。9人目のひ孫が4日、同じ病院で生まれ……。森繁さんが生み出した道の光景なのでしょうね。凄い。合掌。
この世には非業な死も山ほどあり、森繁さんの訃報の号外の裏は指名手配者の逮捕記事。加害者と被害者の両親は記者会見。死んだ人の天国と生きている人の地獄図です。戦争で殺された人の両親と殺した人の両親が記者会見をするって言うのは見たことも聞いたこともありません。
来年1月に補給支援法の期限が切れ、政府は今後5年間で50億ドル(4500億円)の民生支援を行うとしていますが、【不戦へのネットワーク】が、以下の講座を連続で開きます。今日の報道ステーションの西谷さんのレポートとともによく考えてみたいと思います。
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学習会 アフガニスタン「支援」を考える Part1
■□■ してはならないことと、しなければならないこと ■□■
お話:長谷部貴俊さん JVCアフガニスタン事業担当
日時:12月5日(土) 午後6時半
場所:女性会館 第一集会室 参加費:800円
学習会 アフガニスタン「支援」を考える Part2
■□■ 西谷文和さん ■□■
アフガニスタン・イラク報告会
日時:12月12日(土) 午後6時半から8時半
場所:名古屋市女性会館 第2研修室
報告:西谷 文和さん(イラクの子どもを救う会)参加費:800円
2009年11月10日
日本にも長城がある
「イラクの子どもを救う会」の西谷さんからの「報道ステーション」での放送のお知らせです。
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10月にアフガンに入りまして、その模様が11月12日(木)午後10時過ぎ、テレビ朝日
「報道ステーション」にてオンエア予定です。
カブールでは10月8日に起こった自爆攻撃の模様や避難民キャンプの窮状、岡田外
相の電撃訪問などを取材しました。その後カンダハールに入り、米軍の空爆で焼かれ、傷つく人々を取材しました。インド洋での給油を一刻も早くやめて、米軍やパキスタン軍に支援するのではなく、普通
の人々へ支援するべきときが来ていると感じます。給油に代わる民生支援はどうあるべきか?アフガンの人々は何を求めているのか?なぜこんなにも戦争が続いてしまうのか?などなどについて、現地での映像を中心に、私なりのメッセージを伝えたいと考えております。お時間都合つきましたら、ぜひご
覧ください。
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イラクの子どもを救う会ブログ http://www.nowiraq.com/blog/
を読み、今回とてもショックを受けました。もちろん毎回ショックなのですが、「人間って何だろう? 」って考え込まざるをえません。根源的に「動物」であることは間違いありません。が、私は死ぬまで「人間」でいたいです。
スイスの友人(日本人)からのバースデイメッセージに、「来年の夏にドイツや英国の長城へ行く」ってあり、???????長城って中国の専売特許でしょーーーっ????って驚き、「それってなに?」って、訊きましたらば、すぐお返事が来ました。
【答】両国にローマ帝国がこしらえた城壁があります。
ドイツはリーメス(英語のLimitと同じ語源で「端っこ」の意味です)。
英国はニューカッスルとカーライル間にHadrian’s Wall
で、この3つをいっしょくたにして世界遺産のローマ帝国の城壁としているのですが、実は規模もしょぼこいし、ほとんど住宅地で消えてます…
ローマ帝国かぁ……。戦争を繰り返し、繰り返し、まだ戦争はなくなりません。日本にもアメリカの長城があります。
2009年11月09日
育婆メモ
婆。夜1時間ぐらい、ずっと夢を見ているようで、「ダメダメーーーーッ」といい続けるので、一度は部屋の灯りをつけて言い聞かせましたが、しばらくするとまた続きます。結局ミルクを少量飲ませて(だってあれだけ叫び続けたら喉が渇くはず。カフェインじゃ火に油を注ぐことになりかねない)オシメを交換して、言い聞かせる。
されば、「夢じゃないよ。あんたが犯人にされているよ」「大丈夫。何にも悪いことしてないから」「だいじょうぶじゃないんだわ」など会話をして、しっかりかりかりかり「おやすみなさい」と言わせて…さて、ちょっと静かになりました。私、犯人にされたって、絶対取調べで頑張るってば。
母の生育暦に問題があるのだと理解しています。祖母の心配性の子育てが87年間も引きずっています。人間は過去からの魂を引きずって、周囲にいっぱい自分を雨のように霧のように風のように「我」をふりまき、なかなか太陽や月のような光を降り注げないものではなかろうか。
2009年11月08日
キュリー夫人
沖縄県民集会に連帯しようと、名古屋でも20名ほどがマイクでのアピール、チラシ1000枚、鳩山首相への招請はがき配布をしました。私は出かけにくい時間帯なので行けませんでした。チラシは、約1時間でなくなってしまったそうです。沖縄で県民大会が開かれることを知って、名古屋でも何か行動はないかとネットで探して参加した高校生や小さな子供を連れた若い女性もいたとのこと。
沖縄タイムス速報
http://www.okinawatimes.co.jp/pdf/20091108S.pdf
琉球新報号外
http://ryukyushimpo.jp/uploads/img4af66e00b7880.pdf
誕生日には必ずキュリー夫人のことを想います。高校生の時、白水社のエーヴ・キュリー 著「キュリー夫人伝」を読んで、誕生日が一緒だったので、びっくりした…それだけのことだけど、私は生れてすぐに顔と首の後ろに静脈瘤がみつかって、「ラジウム治療のために、5年間名古屋市民病院へ通った」と母に耳にタコが当たるほど聞かされてきたので、夫人に心から感謝もしているのです。夫のピエールが馬車に轢かれて亡くなった時、脳みそを密かに隠し持つ場面など、魂を奪われるほど驚いたことを覚えています。ピエールは、何か学問の考え事をしていて事故にあったのだと記されてあったと思うのだけど、恥ずかしながら、つい最近、ピエールは白血病になっていて、体調が悪くフラフラ歩いていて事故にあったのだという記事を初めて読んで、ハッとしました。マリーキュリーもノーベル賞を2回受賞してから、白血病で亡くなった。
鳥取県三朝町では、「キュリー祭」が1951年から、半世紀以上毎年行われている。ラジウム温泉が観光目玉の町です。温泉旅館協同組合のチラシに、「微量なラドンの放射線が細胞などを活性化します。これがホルミシス効果です」と書かれているのを、きっぱり否定する科学者がいます。
ウラン残土からレンガに加工する作業を、この人形峠県境の三朝町地内で始まっています。そしてレンガ加工品も町で受け入れるそうです。被爆の問題は深刻。私自身は健康に今まで生きてきたのですが、知らないで(知らせないで)大量に被爆する(させる)という悲劇だけは絶対あってはなりません。
2009年11月07日
法事とバースデイ
毎年誕生日の贈り物を山のように送ってくれるMさん。その中の一つは必ず来年の手帳です。もちろん毎年必ず同じもの。そして、素晴らしいバースデイカード。私の場合は、糊やハサミで図画工作よろしくみすぼらしいカードを手作りしかねないのですが、彼女は本当に心を込めてカードや全てのものを選び、贈ってくれる気持ちがあふれているのです。ありがとう。
夜9時を過ぎたらさすがに誕生日だけの歳、へたばりかけていたら、ピンポーン。最後のお客様が又、プレゼント。丹前羽織って門の所で失礼してしまいました。ごめん。そして、ありがとう。時に、皆に忘れ去られた存在ではないかと、今の閉塞状況に暗くなることがあるのですが、、私に光を注いでくれる全ての人たちに感謝です。今日一日の恵みに感謝。
2009年11月06日
ババグッズ
ゴムを取り出したついでに、ガーゼのハンカチの中心にボタンを入れて、ゴムでキュキュッと縛ってテルテル坊主のタスキがけのハンカチも作りました。保育園の頃、母が私に持たせていたような記憶あり。「ティッシュティッシュ早く早く」という婆様の口封じに抜群の威力を発揮しています。自分でぶら下げているのだもの、自分でおやり!!
一仕事してから、よーーーく考えれば、100円ショップでもっと素敵なものが売っていそうな感じ。介護商品を調べれば、もっと便利な美しいデザインのものがあふれています。ま、いいや。物がどんどん買えなくなったり、無人島で暮らす時に役立つかもしれへん。貧困率とやらから言うと、我が家はポーダーラインらしい。3人全員無職。このババグッズは私の代まで使うことになるやもしれん。
プルサーマル
昨日5日、岩手県の東北自動車道上り線で、核燃料低レベル濃縮廃液を積んだワゴン車にライトバンが追突したというニュースに仰天しました。関係筋からは放射能漏れは確認されていないという事ですが、廃液は青森県六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場でサンプルとして採取されたもので、微量のウランを含む400CC入りの容器が2本積まれていて、六ケ所村から神奈川県に向かう途中だったとのこと。「この事故で怪我人はない」というニュースで安心した人はいないと思う。
だって、同じ5日。柏崎刈羽原発の1号機で、本来は施設外へ排出してはいけない放射性物質トリチウムを含んだ水を24年間にもわたって海へ放出していたって東京電力から発表されたでしょ。原子炉格納容器内の装置と廃液処理用タンクを結ぶ配管を間違えて接続したため、1年間に約2500mlの放射性物質トリチウムを含んだ水を現在まで24年間も海へ放出し続けてきたんですって!こちらも「放射性物質は微量で外部環境への影響はない」と関係筋はおっしゃる。この付近の漁師や釣り人からは20年ほど前から、異常な魚が多いという声があったり、奇形の花弁のサクラが大量に発生しているという報告もあります。
そして、これも5日。 プルサーマルは、使用済み核燃料から取り出したウランとプルトニウムを混合してつくったMOX燃料を、原発の燃料として使う発電方法ですが、国内で初めて佐賀県の玄界原子力発電所で起動して試運転を開始しました。12月2日から通常運転。
最近友人から、人形峠のウラン残土からガラスやレンガなどの「商品」が製造されていて実際に花壇に使用されているという話を聞いてゾッとしたのですが、別の友人から、「最近は廃炉になった東海原発の金属廃材がリサイクルされて、ベンチやテーブルになって原発PRセンターなどで展示されていますよ」と聞き、慄然。クリアランス制度と言うんだそうですが、「ある程度以下の低レベル放射性廃棄物は一般産業廃棄物扱できる」という法律により、違法行為にはならず、店の前の広場に このベンチを正々堂々と置いてある電力会社があるとのこと。すぐ横の説明看板の一節には
『クリアランス制度によるリサイクルは、地球環境への負荷を低減し、わが国が目指す循環型社会の形成に寄与します』
と書いてあるそうです。
どこの町の電力会社? さあ、これからは、自分の町の電力会社の玄関のベンチをよーく見て安心しよーっと。そして、核燃料低レベル濃縮廃液を積んだ車が走っていても、怪我人がでない程度の事故ぐらいではびっくりしないようにしよーーーーーーっと。そして、私の大好きな大安売りや半額ラベルが貼られているフライパンを買ったら、これが原子炉の廃材からできたものであっても、安全チャーハンなんぞを作って長生きしよーーーーーっと。
2009年11月04日
お寺の記憶
トンネルのような山門を潜ると、動かなくなった電車がありました。まるで窓際のトットちゃんが通ったトモエ学園です。その下にお砂場。左右の親指同士と人差し指同士をくっつけて、そこに砂を入れると、イカの頭が出来ます。その下に片手の指を5本いっぱい広げてつけて、指と指の間に砂を入れると、イカの足が出来ます。そんな事を毎日やって何が可笑しかったのでしょうね。楽しくて仕方がありませんでした。本堂でお昼寝。お昼寝から覚めると両手を拝むように重ねてから、真ん中に空洞を作り、それから指の先を外側に広げます。チューリップの出来上がり。目をつむってお利口にしていると、手の中に先生がおやつを入れてくださった…何から何まで明確に覚えています。戦後間もない頃だから、母親達がグループを作って、交代で給食を作りに来ていました。
ある日、私の母のグループが当番で来ていた時、先生が、園児が描いた一枚の絵を母親達に見せて「この絵はいかがですか?」と、訊きました。母は「上手ですねえ」と答えました。それだけならいいのですが、家に帰ってから散々「弘美が描いた絵だって分かっていたら、褒めなかったのに」と、ブツブツ言うので、『この人、変だ』と思ったことをはっきり覚えています。誰が描いた絵だって、上手は上手、下手は下手なのに…。保育園の遠足で親子で乗ったバスの中で、母が私と一緒に「
などなど、次から次に色々なこと(じゃないよねえ。母のワルクチだけじゃん)を思い出してしまいました。焼けてしまったお寺も1487年の創建ということですから、檀家や周囲の皆さんの思い出や想いがいっぱいつまっているでしょうに。悲しいことでした。
思い出ばかりでは生きていられません。本日は、昨日ゲーテさんに「勇気を持て」と鼓舞されたので、意を決して歯医者さんに行きました。ウィーンウィーンガガガガカーーー。あーあ、やっぱり嫌やーー。被せてあった歯の中が虫歯になっていたのでした。歯冠修復及び欠損補綴。3回の通院でOKらしいです。
沈まぬ太陽
原作は1ページも読んだことないけど、映画 「沈まぬ太陽」を見てきました。「徹子の部屋」で、ゲストの渡辺謙が「僕の矜持が許さない」というセリフについて語っていたので、どこにそのセリフが出るのだろうと思って見たのだけど、さらーっと言って、スーッと過ぎました。演じるものにとって、「言葉」のイメージというのは、とても大きく圧し掛かる物なんだな。
で、3時間22分。上映途中に10分間の休憩が入ったのだけど、意外とアッという間でした。昔、五味川純平の「人間の条件」、9時間をオールナイトの映画館…あれ、名鉄ホールだったっけ…?で見たことがあるので、覚悟していったわりに、時間的にはどうってことなかったという事かも知れない。いや、やっぱり面白かった。エンディングの福原美穂「Cry No More」が素晴らしいので、会場が明るくなるまで、ジーーーーっと聴いていました。途中休憩で流れる「祈り[永遠の記憶]」を演奏していたのはヴァイオリン奏者・ダイアナ湯川さんで、御巣鷹山でお父さんが亡くなった時、お母さんのお腹の中にいた人だそうで、映画化を知って、自ら願い出られたのだそうです。天国に届いてるよね。
でも、こんな映画作って、日航は問題の最中だし、怒らんかなーって思った…ら、調べてみると、出てくる出てくる。あっちこっち見て思ったことは、登場人物が特定されても、フィクションなんだから、演じられたような人間が、この地球には、うようよ存在するという捉え方をしたらいいんじゃない。名誉毀損で訴えたいほど腹をたてている人には申し訳ない、単なる映画を鑑賞した1人の感想です。ある労働新聞のインタビューで、山崎豊子さんがこんなことを言っているのを見つけました。(2000年)
私の座右の銘としているゲーテの言葉をおくります。
「金銭を失うこと。それはまた働いて蓄えればよい。
名誉を失うこと。名誉を挽回すれば、世の人は見直してくれるであろう。
勇気を失うこと。それはこの世に生まれてこなかった方がよかったであろう」
なんときびしい言葉でしょうか。どんなに正しいことを考えても、それを実践に移すのは勇気なんです。この言葉を互いに肝に銘じていきましょう。たいへんな時代ですが、沈まぬ太陽を心に持って、ただすべきことはただして国の行政をよくしていってください。


