2014年12月25日

笠木透さんさようなら

 笠木透さんが亡くなったと知って衝撃でした。とにかくびっくりして金沢のスウさんのブログを確認。確かに今年の11月9日にスウさんちでコンサートをされているのです。その日のスウさんのブログがいつになく愛しい。
スウさんもまさか1ヶ月半後にお別れが来るとは夢にも思ってなかったと思う。 スウさん泣いて泣いて泣いていると思う。泣けるよね。私自身は岐阜放送で番組をもっていらした笠木さんと時々すれ違っていました。あの頃は私たちは若かったんだなぁ。あれから私は何をしてきたか・・・。

私に人生といえるものがあるなら
【作曲】アメリカ民謡   【作詞】笠木 透
1.※私に人生といえるものがあるなら
   あなたと過ごした あの夏の日々
   きらめく草の葉に 心がはずみ
  野に咲く花に 心が通う
2.※(くりかえし)
   愛していたのに あなたは消えた
  信じていたのに なぜかわからない
3.※(くりかえし)
   許されるのなら やりなおしてみたい
  できることなら あの日に帰りたい
  ※(くりかえし)
   あなたと過ごした あの夏の日々

私の子どもたちへ
【作詞・作曲】笠木 透
1.生きている鳥たちが
  生きて飛びまわる空を
  あなたに残しておいて
  やれるだろうか 父さんは
   目をとじてごらんなさい
   山が見えるでしょう
   近づいてごらんなさい
   コブシの花があるでしょう
2.生きている魚たちが
  生きて泳ぎ回る川を
  あなたに残しておいて
  やれるだろうか 父さんは
   目をとじてごらんなさい
   野原が見えるでしょう
   近づいてごらんなさい
   リンドウの花があるでしょう
3.生きている君たちが
  生きて走り回る土を
  あなたに残しておいて
  やれるだろうか 父さんは
   目をとじてごらんなさい
   山が見えるでしょう
   近づいてごらんなさい
   コブシの花があるでしょう

あの日の授業−新しい憲法のはなし
笠木透作詞、安川誠作曲

あの日の授業−新しい憲法のはなし
1.あの日の先生は 輝いて見えた
大きな声で教科書を 読んでくださった
ほとんど何も 分からなかったけれど
心に刻まれた あの日の授業
そこで、今度の憲法では日本の国が、決して二度と戦争をしないようにと、二つのことを決めました。
   その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさい持たないということです。
これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。『放棄』とは『捨ててしまう』ということです。
   しかし、みなさんは、決して心細く思うことはありません。日本は正しいことを、他の国より先に行ったのです。
世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。

2.あの日の先生は 熱っぽかった 
これだけは決して 忘れてはいかんぞ
あわをふいて ほえたり叫んだり
  心に刻まれた その日の授業
もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、決して戦争によって、相手を負かして、自分の言いぶんを通そうとしないということを決めたのです。
おだやかに相談して、決まりをつけようと云うのです。
     なぜならば、いくさをしかけることは、結局自分の国をほろぼすようなはめになるからです。
また、戦争とまでゆかずとも、国の力で相手をおどかすようなことは、いっさいしないことに決めたのです。これを戦争の放棄というのです。
    そうして、よその国となかよくして、世界中の国がよい友達になってくれるようにすれば日本の国は栄えてゆけるのです

3.あの日の先生は 涙ぐんでいた
教え子を戦場へ 送ってしまった
自らをせめて おられたのだろう
  今ごろ分かった あの日の授業

4.あの日の先生は 輝いて見えた
大きな声で教科書を 読んでくださった
ほとんど何も 分からなかったけれど
  心に刻まれた あの日の授業
posted by Hiromi at 20:08| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月23日

歓迎ブルー

 中国は深刻な汚染を受けて、昨日から始まった全国人民代表大会の常務委員会で「大気汚染防護法」の抜本的な改正案の審議に入ったそうです。
 一緒に北京観光したMr.韓国から、1000枚を超える全行程の写真がFlickrで送信されてきてました。すごいっ。サーッサーッと流して見ただけだったけれど、『あれっ? そう言えば・・・』と思って、今日、「マスク」というテーマを頭に入れて写真を見直してみました。この忙しい年末に私は暇ね。
 私がいる間、「北京の空は珍しく歓迎のブルーだよ」って誰かが言ってたけど、その中で、故宮を見学した日が空気が悪かったことが、3ページある写真からもはっきり分かります。朝の9時すぎです。太陽がかすんでいます。でも、20人ほどの私たちのグループでマスクをしているのは2人だけでした。 他の観光客を見ても、マスクをしている人はほとんどいません。私は何も考えずにマスクをして写真を撮り撮られて、レポートも書いたけど、ひょっとしたら、皆は、マスクをしたら中国に失礼だと思ったのかしらん・・・。観光客を呼ぶのにまずいと思ったのかしらん・・・。いや、多分皆気にしていなかったんだと思います。

 この意識の差こそ問題じゃないかなぁ。私は中国の環境省に頑張ってほしいです。数値が毎日出ているのだから、抜本的対策を急いでこそ、北京の奥深い魅力が輝くと思います。毎日がAPECブルーの空になるように。

posted by Hiromi at 21:45| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月21日

ギョッ

<最近ギョッとしたニュース>

12月7日  (共同) 

海外で学んだ経験や働いた経験があると、国家機密を漏らす恐れが高まる―。10日施行の特定秘密保護法の制定過程で、同法を所管する内閣情報調査室(内調)がこうした考えを関係省庁に示し、学歴や職歴の調査が必要と強調していたことが7日、共同通信の情報公開請求で開示された政府文書で分かった。

文書は内調が2011年11月、内閣法制局との会合で示したメモ。海外の学校や国内の外国人学校で教育を受けた経験、外国企業での勤務経験も挙げ「外国への特別な感情を醸成させる契機となる」「外国から働き掛けを受け、感化されやすい。秘密を自発的に漏えいする恐れが存在する」としている。


1218日 共同)

  米決定、F35は日本に整備拠点 防衛省歓迎

   http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014121801001591.html

「機体は三菱重工業小牧南工場で、エンジンはIHI瑞穂工場で整備する予定」


1219日 (中日)  

 「県警が無断で車にGPS」 名古屋の男性、愛知県を提訴

  http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2014121902000052.html


 位置情報を高い精度で取得できる衛星利用測位システム(GPS)端末を、愛知県警が無断で車に設置し行動を監視されたとして、名古屋市の男性が愛知県を相手に百四十三万円の損害賠償を求め、名古屋地裁に提訴していたことが分かった。プライバシー権の侵害を訴えており、代理人弁護士は「令状主義に反した違法捜査だ」と主張。県警は取材に、一般論として捜査にGPSを使用する例があることを認めた。


<最近びっくりした手紙>

 小高原小学校の校長先生から.jpg先日出かけたO小学校の校長先生から、子ども達の感想文と、切り文字で私の名前を浮き上がらせたメッセージカードが届きました。こういうのをそれぞれの子供の写真付で毎年卒業生全員にプレゼントされていると伺っていましたが、私もその一員にしていただいたようで・・・。「むらさき花だいこん」の絵本をプレゼントしてきたので、その写真も載せてありました。もちろん6年生の感想に、ホッとしました。子ども達は戦争の実態を本当に知らない。先生も知らない。私も知らない。でも、知っている事は伝えたい。どうか成長しても何か一つでも覚えていてくれますように。



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posted by Hiromi at 20:51| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月19日

亡くなった人の命

 私が中国熱でうなされている間に、YOSHIの会では嬉しい動きがありました。2014年度のYOSHI基金奨学生の中国系アメリカ人Bettyさん が12月14日から17日まで名古屋に滞在しました。

Betty 旭丘でのディスカッション 中日新聞 IMG.jpg15日には名古屋城を見学した後、河村市長を表敬訪問しました。市長はベティさんには英語で話しかけて、30分近くも時間をとったそう。日本人はお上の言うことに従う性癖があるなど日本人論にまで話が及んだそうですが、あら、私たちのこと、そんな性癖のない、立派な市民だと思っててくれるんだ。市長が剛丈君の葬儀に参列していたことを話したそうで私はちっとも知らなかったので、びっくり。

 16日には旭丘高校で交流会が開かれました。生徒会メンバーを中心とした14名の学生が集まり、めいめい自己紹介のあと、Bettyさんは「世界でひとつだけの花」を演奏し、皆で合唱。こんなシーンは想像するだけでも心和みますよね。また、「安全な社会を作るには」というテーマで話し合いもしています。コバチーチ名古屋米国領事館首席領事も途中から参加されたとのこと。服部家、旭ヶ丘高校、AFS、YOSHIの会など、みんなの銃をなくしたい想いは脈々と続いています。服部夫妻の持続力にも敬意を表します。


 今日12月19日は中沢啓治氏の命日です。作曲家の山本克彦さんから飛び切り嬉しい連絡を貰いました。今日、中沢啓治さんの命日に合わせ、「広島 愛の川」プロジェクトのホームページを立ち上げという事です!!  http://ainokawa.com

 来年の8.6は国連合唱団がやってくるのです。児童合唱バージョン(二部・三部)を録音したのが聴けます。是非ホームページで聴いて下さい。学校や市民グループで歌ってもらえたら嬉しいですね。山本さんは。中沢さんが残した思いを、しっかり未来へ繋いで行けたらと思っていると、力強く語っています。


 亡くなった人の「命」を生かしていくこと。その大切さを感じる日でした。

posted by Hiromi at 22:29| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月18日

雪がこんこんと降る

 名古屋は8年ぶりの23pの積雪。こんこんと降っています。猫はコタツで丸くなるはずが・・・。
20141218雪のベランダ.jpg 雪とバラ 足跡.jpg 雪とバラ それでも行く.jpg 雪とバラ 部屋にもどりたいけど.jpg 雪とバラもう部屋に入れて~.jpg
posted by Hiromi at 09:42| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月17日

人間はどうして人間を殺す、あるいは殺そうと計画するのか

北京の雑巾.jpg 本日は今年最後の八事朗読バンドの日。北京から持ち帰った柄つきスポンジ雑巾? で廊下や床を拭きました。しつこい汚れはやっぱり手でやらないといけないけれど、とりあえずの埃とりにはなってラクチン。掃除頑張ったけど、参加者2名 ・・・も来てくれました! と、肯定言葉で受け止める。

 これで年内の外向きの行事は終わり、心が軽くなりました。今日はぐっすり寝よう。後はまたゲン。やるべきことがあるのは幸せです。この間に巷であったことは皆心にインプットしていますが、負けない、あきらめない。しなやかに向かうのだ。
 パキスタンで凄惨な事件。子ども達はどんなに怖かったことだろう。「人間」はどうしてこんなことが出来るようになってしまうのだろう。
posted by Hiromi at 21:48| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月16日

「我愛北京感知北京」後編

北京レポート後半です。写真は全部クリックでちょっと大きくなります。(完)

12月9日(火)

 地獄谷の猿.jpg抜群のコミュニケーション能力を発揮しているMr.韓国。昨日の食事のテーブルでは、私に気を遣って「日本の東京、京都に行ったことがある。名古屋は豊田の見学をして通過した。静岡で温泉に入って楽しかった。私は温泉が大好きだ・・・」と英語で話しかけてきたので、「日本は猿でも温泉が好きよ。長野の猿は温泉に入ってスマホをやってるわ」と言うと、みんなが「うっそぉ!」。中国人の通訳たちがスマホでその写真をすぐ出して爆笑。みんなに回して見せて爆笑、爆笑。コンテストで賞をとったという、地獄谷野猿公苑でニホンザルが温泉につかりながらスマホを見ている写真が大受けでした。


 そうなのだ。今は話題次第でスマホが助けてくれる。今日はイングリッシュで頑張るぞ! と張り切ってバスに乗りました。8時。陳さんは持っている服の中で最強の防寒毛皮を着て来たと言いました。バスは天安門広場へ向かって出発。乗り込むやいなや、ガイドの劉さんが、さっそく「6つの言葉を書いてショートストーリイを創りなさい」と紙を配りました。私はグレートウォールの単語がもっともポピュラーであろうと考えて、野良犬や野良猫がいたことが印象的だったので、6つ単語で「万里の長城に会ったので、をあげました。彼らは私にあなたは美しレディと言いました。」と馬鹿馬鹿しい作文を書いたら(英語でだよ!中学校の英語の時間じゃん!)。私の英語の字が酷かったのか、自分で発表しなさいと言われ、大きな声で読み上げました。汗。良い文章だと思われるのをみんなの挙手で投票したら、ドイツ人が「娘たちが結婚して遠くへ行ってしまって寂しくて泣いた」というヒューマニズムあふれる実話で優勝。


 かすっている天安門.jpg日本語部の陳さんとブルブル.jpg朝のラッシュを1時間ぐらいくぐって天安門に到着。観光バスの駐車場は遠いので、歩く歩く。最初のゲートで安全検査。人が大勢並んでいる。私がいた頃は自由に広場に入れたのに。行列の中で、寒くてみんな足踏みしたり震えている。特にニューヨーク娘は伊達の薄着をしている様子で、鼻の頭を真赤にしてぴょんぴょん飛んでいる。相当の空気の汚れようです。ガスって毛沢東が見えない。天安門へ通じる地下道はきれいになっていました。ただ、地上に出てから、真ん中の入り口は閉鎖されていて、これも以前と違って厳しい制限。午門に入る時にまた安全検査。太和門の前庭には全く木が植えられていません。ガイドの劉さんがどうしてかと問題を出したけれど、答を聞いたら、私に有利(なのに出来なかった)。四角の庭に木を植えたら困るという字になるから。

 ゆっくり見てたら1日でも終わらない故宮。ところてん宜しくスルスル裏口の神武門へ出ました。またバスまで歩く歩く。物売りは相変わらずで、15年前と変わっていません。


 昼食は老舎茶館。スタッフは老舎の時代の服装で雰囲気を盛り上げていました。テーブルの前に作られたスクリーンで、4人ほどで伝統芸能のパンダの影絵を見せてくれました。楽しみにしていた北京ダックにようやく面会!文学の香りも漂わせ、なかなかの雰囲気のお店でした。私に老舎に関する知識が豊かであれば、もっと楽しめたと思います。


 中国国際放送局は、北京を四角に例えるなら、下の左の端にあり、どの観光地からも遠いのが難点で、時間が押し、食後バスでホテルに戻ったら、10分で服を着替えてバスに戻るように言われ、皆自分の部屋めがけて走る走る。実質5分じゃないの! 私は何を着替えて良いか分からない、どんな式典かも分からない。上下を分けた簡略な着物を持ってこようかと思ったけど、こんな略式をフォーマルに思われても嫌だしと思って、10年以上前、北京で買った布で作ったありきたりの紅いチュニックとコールテンのズボン。その下は厚手の靴下の上に薄いズボンをはいて、その上に防寒グッズを巻いて・・・ブーツを履いたわが姿・・・これが日本代表では余りにも申し訳ないではないか! 日本の皆さん、ごめんなさい。とにかくこんな賑々しい式典だとは夢にも想いませんでした。CRIのトップ(男性)と北京観光局のトップ(女性)はコートを着たままというのが、中国らしいところ。1階の吹きぬけのロビーの寒さを知っている私も私らしい、自由市場のオバちゃんの風情です。ニューヨークちゃんはなんと、ノースリーブのパーティドレスで震えていました。


 司会者はインドネシア語部の若い専門家。英語で司会をしていたかと思ったら、中国語と両方でペラペラ。そこへ登場したのが、どこの国の歌手だか、中国語と英語でしゃべって歌っている。そこへ琴を持って登場したこれもどっかの国の人。中国の曲を弾いて、司会者と中国語でペラペラ。「国際」というのは、こういうことか・・・。何にもものになっていない自分が情けない。表彰状を貰っている時の写真を陳さんに頼んでおいたのだけど、見てみたら、私はすっぽり観光局さんに隠れていたのでした。(クリックして笑っていいよ)この後、ドイツ副校長氏が長いスピーチをしました。旅行の前から作ってあったとのこと。これはドイツ語から中国語に通訳していました。バリバリのスーツ姿で、ドイツから、サッカーのグッズと民族的なハットを贈呈していました。日本が代表になることはありえない。中国に戦争の反省の仕方で大いに評価されているドイツを見ながら、このステージに立っている「日本人の自分」を客観的に俯瞰していました。


日本語部6人S.jpg 日本語部の5階に上がって懐かしい面々と会いました!!! 容貌が12年分劣化した私を皆はわかってくれたかどうか分かんないけど、寄ってきてくれて記念写真をパチパチ。番組で声と写真だけしか知らないスタッフにも御目文字、感激でした。バタバタと王部長さんの部屋へ。今回の全面招待のお礼を心から述べました。10年以上、暖かい関係を結び続けられたことに感謝。王さんも10年ほど経っているけど、ちっとも変らない。でも、もう小学校にお子さんが入学したそうでびっくり。日本語部のみんなの部屋でもそうだった日本語部8人.jpgけれど、みんなが携帯でわが子の写真を見せてくれましたが、王さんはスマホの息子さんの動画を見せてくれました。1年生なのにスラスラと英語をしゃべっています。「わーぁ、上手ねえ! 記録してるの?」って訊いたら「学校の英語の先生からの宿題で、家で英語の本を読ませて録画して先生に送信しなければならないの」「ひゃーっ! 先生大変じゃない? 一クラス何人いるの?」「37人」。もっとも王さんはハイクラスの小学校に入学させたからだと思いますが、私は日本のハイクラスを知らない庶民なので、ただただ中国のこうしたエリート教育に驚くばかりです。 

外人さんの琴の演奏.jpg 外人歌手と3人で中国語で話している.jpg 表彰式.jpg 表彰された6ヶ国の代表.jpg

ロビーに居合わせたアメリカのスパニッシュ夫妻と英語通訳と徒歩でホテルに戻る。35歳の妻さんは早くハイヒールを脱ぎたいと言う。ステージに上がらなかった奥様までスーツできちんとしていたのでした。この時のニュースはすぐ日本語でアッぷされました。不揃いの写真・・・。


「北京72時間以内滞在ビザ免除ツアー」なのです。72時間でビザなしのこんな観光ができますよというPRを担っていたのです。でも、日本は15日を超えて滞在しなきゃ、ビザはいりません。

 ホテルでやっとホッとしてレストランのバイキングに。北京ダックもお寿司も生牡蠣も刺身もなんでもありの5つ★じゃ。一人で食べていたら、ドイツ夫妻と通訳の3人が目に入ったので、こちらから移動して空いた席に座らせてもらいました。彼らもドイツ語部で放送用のインタビューを受けていたらしく、まだ部屋にも戻っていなくてレストランに直行したよう。
 「ジョン・ラーベ」の話を私はしたかったのです。ドイツ語通訳に中国語で話してドイツ語にしてもらい、その逆で私が聞くという会話で、なんとか通じました。ちょっと深刻な雰囲気になってしまったけれど、彼は「史実と言うものは目隠ししてはならない。反省がなければ平和は作れない。ジョン・ラーベについては本で読んだことがあるけれど、映画は予告編程度しか見ていない」と言うことでした。私は日本では色々問題があって、4年ほど上映されなかったこと。今回初公開されて、私たちも名古屋で上映すると伝えました。通訳さん、食事なかに、他の言語まで混じってよけいな仕事をさせてごめんなさいね。ジョン・ラーベは中国では上映されています。

 マリオの名刺代わり.jpg続いてアメリカスパニッシュ夫妻が来たので、またみんなでテーブルを移動して合同のおしゃべりが始まりました。ドイツ語の通訳さんは帰り、こうなると英語の世界。局の式典の時、スパニッシュ妻さんは、手書きのメッセージが書かれたワシントンDCの絵葉書をみんなに配って、自分のアドレスを紹介していました。それで私も名刺を渡して、お互いにジョークを飛び交わして楽しい時間になりました。自然に家族の話になりました。何年も前からつきあっているかのごとく。ドイツが朝4時に出発するというので、名残惜しいけど、互いの部屋の前でお別れしました。

 今回の8名は本当に紳士淑女。皆でお互いを理解しようとし、旅を理解しようとし、ユーモアがあって、皆が雰囲気を盛り上げようとしていて、私はとてもあたたかく気持ちが良かった! 絵葉書に書いてあったメッセージ。

  We have shared 3 wonderful days with you, let's make this the bigining  of a great  friendship !

 3日間のすばらしい日々をシェアーした私たち。それをこれからの大きな友情の出発点としましょう! という呼びかけです。なんてすばらしいテーマを持って参加していた人たちなんでしょう! こんな気の利いたこと全然出来なかった自分を恥じました。
 でも、バスの中で陳さんに今回の旅の感想をインタビューされたときは「参加した6ヶ国の代表は皆素適な方達だったわ。CRIという電波を通じて集い、政治的な事は超越して皆で理解しあって楽しく過ごせた事は奇跡に近い出来事だと思いました」と答えましたけど。北京観光とは関係なさ過ぎたかなぁ。

12月10日(水)
 朝燕ちゃんが自転車でホテルまで迎えに来てくれました。スタジオ見学.jpg徒歩10分くらいで局に行けるから一人で行けるんだけど、チェックアウトした私の荷物が多いので、タクシーに乗るように呼び止めて、あれこれ指示してくれます。自分は自転車で先に走る。よくまあ体と口の動くこと!
 紅白のリハーサル.jpg恒例の紅白歌合戦のリハーサルを見ないかと言われたので喜んでスタジオに。みんな張り切って練習していました。陳さんたちは応援でスタジオで恋するメンバーと.jpg「恋するフォーチューンクッキー」を踊るらしく、熱心に振り付けの確認をして練習していました。  あまりお邪魔にならないようにして、燕の巣へ、今度は歩いて到着。お昼ごはんは「ウドンでも作ろうか」という娘に「水餃子がいいっ!」とママ。超度級のワガママです。たらふく食べてソファーでごろんとしていたら、燕が昨日の放送を聴かせてくれました。「ハッヒッヘッ???!!! もう放送しちゃったの? 」↓で聴けます。

 京華時報1208.jpg穴があったら入りたい放送でした。だいたい、自分が日本語部に在籍していた年を10年まちがえて発音しています。枯れ枯れの声で、アナにあるまじきアナに入りたいほどのしゃべり方。だって、疲れていたんだよねー。スタジオじゃなかったから、まるでお友だち感覚で話しちゃったのよねー。不覚でした。でも、名古屋でのみんなの活動を紹介できたことだけば良かったかな?20141208名古屋証言集会.jpg
 燕ちゃんが、大阪の証言集会が新聞の一面に紹介してあったと、新聞を持って来てくれました。名古屋からもさっそく8日の証言集会の写真が送られてきて、90人ほどの参加者があり、とても良い集会だったとのこと、ホッとしました。

  地下鉄八宝山駅.jpg燕が仕事に戻るので、私は久々に王府井に散歩に出かけることにしました。地下鉄の入り口でびっくり。荷物検査にカードの購入・・・。システムがまるで変わってしまいました。零下の王府井の二胡弾き.jpg値段ももうじき一律二元ではなくなるんですって。寒い寒い木枯らしの中、行き交う人々も少なく、それでも表でもこもこに着こんで商売をする人たち。ずーーーーーっと二胡を弾いて歌っていたおじさんが気になって仕方ありませんでした。どんなに寒かろう!生き抜くんだ!
 王府井本屋さんに入ってあったまる。日本の女性漫画家の本がシリーズで出ていたので、参考に一冊購入。北京で観光会社を経営しているWさんと会い、日本料理をご馳走して頂きました。確かに日本へ観光、買いものに行く中国人は増えているのに、中国に観光、留学に来る日本人はとても少なくなっているのです。中国で日本語を使う中国人の仕事は激減しているようです。いつになったら、この状況が改善されるのでしょうね。
(写真は全てクリックで大きくなり、キャプションも出ます)。


12月11日(木)
あっという間に帰国の日。朝ちょっと遠い自由市場に布を買いに行きました。今度きた時に一人で遊べるようにって。燕は私がこういう市場が大好きなことを知っていて、ここへママを入れておけば、ワクワクして一日遊んでいるだろうって思っています。まあ、確かだけど。人間の飾らない普遍的な姿が市場にはあるもんね。
エレベータの燕.jpg 大人の運動器具.jpg ラケットの不思議な運動をする人たち.jpg 自由市場ジャガイモとニンニクを持って.jpg 大根審議.jpg 布屋さんで.jpg 肉屋さん.jpg お年寄りのディサービスの家.jpg 

 帰宅したら、燕が長い柄の床ふきスポンジ雑巾をネットで買ったからとプレゼントしてくれました。日本にはないので、とても欲しいと思っていたもの。雑巾がけをはいつくばってしなくてよいのです。嬉しいけど、無事日本へ持って帰れるかな? 飛行機の出発がチンタオ経由で、午後便。昼食が出来ないからと、大急ぎで燕が作ってくれた昼食のちまきと湯圓。心にしみました。燕の作ってくれた昼食.jpg
 タクシーは一路空港へ。さすがに長い柄の荷物はすんなり通れず、別のところで安全検査を受けました。国内便から青島で国際便になるので、ややこしかったのですが、無事深夜、名古屋の家に帰着しました。
 あーぁ、とてもとても忙しかったけれど、夢のように楽しい一週間でした。中国の皆さんに大きな感謝。
【追記】ドイツからメールが届きました。北京の霧のため、飛行機が3時間出発しなかったそうで、Mr.韓国が国から持ってきて、バスの中でみんなに配っていた餡入りの茶菓子で飢えをしのぐことができたと書いてありました。Mr.からの返信もありました。今回の招待される条件の一つが「ブログを書いている人」ということでしたから、当然ではありますが、みんなのアドレスが繋がり、新しい友達も出来たという訳です。これも感謝。CRIと観光発展委員会からもらった奇跡です。
posted by Hiromi at 14:58| 愛知 ☔| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月15日

静かに待っている子、ありがとう

 JRの駅に降り立つと、飛び込んできた看板。「JR刈谷駅北口.jpgCO2削減を目指します」とある。具体的にこんなことを宣言している町は少ないと思うけど、自動車関連の街だからさにあらん。市全体で目標に向かって努力してるんだ・・・と実感した。 
 k市O小学校6年生90人に授業。社会科でちょうど第二次世界大戦を学んでいるところで、私が戦争と平和の話をするという流れ。大それたこととは思いますが、やっぱり父の体験を話し、写真を見せると先生も児童もびっくりです。「本当にあったことなんだよ」と言えるので、私も無理はしていません。

今日の学校の校長先生には、とてもよい話を聞きました。先生はけっこう子供を厳しく叱って育ててきたのだそうです。ある時、卒業生を送る会をしていた時、一部ざわついていたそうです。そうしたら、児童会の係りの子がマイクを取りました。「静かにしてください」と言うと思ったら、その子は「静かに待っていてくれる子、ありがとう」と言ったそうです。先生はその言葉に衝撃を受け、以来子供をどなったり叱ったりしないようになったと。この学校では先生や子ども達の怒鳴り声はいっさいしません。『日本一あたたかい学校』を目指しているのです。講師として行くのだけど、実は私が学ぶことが多いのです。

 一旦帰宅してから、再度イーブル名古屋のテッカイの会議へ走る。先日の南京の証言集会で上映された高校生の映画作品がとても好評だったそうです。90人ほどの参加者のうち、30人くらい高校生がいたとも。そうよね、教科書は皆で作ればいいもんね。
 いよいよジョン・ラーベの上映に向かって走り始めました。
posted by Hiromi at 22:19| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月13日

出版祝賀会

 北京レポート後半は先延ばし。今日の日記を先に書かないと忘れてしまいます。そうなのだ! あまりにあわただしいスケジュールで頭がついていかない一日でした。
 竹内先生の「生き活き整膚」出版祝賀会の打ち合わせ時間に遅れるわ(美容院で時間がかかりすぎました)、めがねケースだけ持ってて、中身がないわで・・・めがね様は後から車で自宅からホテルに到着されました。
 司会も50点くらい。色々まちがえて恥ずかしい也。今日は先生の83歳のお誕生日で、打ち上げでHappy birthdayを実行委員の皆で歌ったから、まあまあハッピーエンドだったかな?
先生の弟子の弟子さんが参加されていました。オリンピック選手で、自らの希望で小学校の先生をしているそうです。整膚学園学長の徐堅先生は和装で登場。インディアンハープの生演奏をバックに舞のような実技を披露しました。

 私が髪をアップして大正琴のHちゃんに貰ったドレスを着ていったら、親しくなった実行委員の先生に「体格からはオペラ歌手だな」って言われてしまいました・・・ほとんど体育系の先生だから、そんな見方なのかなぁ。いと哀し。

祝賀会場司会席より.jpg 徐堅先生の整膚の舞.dib 竹内先生ご夫妻.jpg 


posted by Hiromi at 23:41| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月12日

「我愛北京感知北京」前編

 12月5日から11日まで北京にいました。北京市観光発展委員会と中国国際放送局・国際在線の共催で、中国語、英語、ドイツ語、フランス語、日本語、朝鮮語ホームページで『2014感知北京ネット知識コンクール』があったのですが、つまり、北京に関するクイズに世界各地のネットユーザーが応募したのです。質問内容は北京の街づくりの歴史や代表的な国粋文化、豊かな観光資源、北京72時間以内滞在ビザ免除政策など様々な分野に及んでいましたが、ま、それはネットで調べまくれば誰でも分かります。 回答者から抽選で北京観光に招待!!! すごーいラッキー!  すべて本当にご招待でした。ので、私は更に図々しく、前一泊、後一泊を元の同僚の燕ちゃん宅でしたいと申し出て、OKしてもらいました。長々と報告しますが、昨夜10時半をまわった帰宅でしたので、何せ未だレポートがいい加減です。半分だけアップします。
【前編】

12月5日 (金)

 朝5時15分過ぎ家を出発。9時発青島経由の東方航空で北京へ。CRI日本語部の陳さん(178cmくらい?)が北京観光局のタクシーでお迎え。燕と子豚.jpgかつての同僚ちゃん宅へ。私が来るから掃除を頑張ったかと思いきや、私が来るので、繕い物と掃除をさせようとしたモヨウ。今晩のご飯と明日のランチ会の買い物に隣のスーパーに行きました。「食べたいもの何でも買っていいよ」と言うので、お言葉に甘えて、水餃子の冷凍の珍しいのを一番に選びました。このスーパー、エレベーターおじさんなんかがいて、背中には広告チラシを貼っていました。お店のスタッフの背中にも広告が貼り付けてありました。ものすごい発想だね。夕食を食べながら番組の打ち合わせ。持っていったテッカイの活動のDVDなどをパソコンやテレビを総動員して見る。おや、もうじき12時になるよ。早く寝なくっちゃ!

背中に広告.jpg エレベーターおじさんも背中に広告.jpg カートに水餃子.jpg


12月6日 (土)

燕作朝のおかゆ.jpg 朝食は昨日の残りとお粥。燕ちゃんはお粥だけは上手です。朝から掃除料理。メインメニューは唐揚げとカレーライス。燕は新鮮な野菜を買いに自転車で自由市場に飛んでいく。11時頃から韓さん、周さん、白さん来宅。白さんは、山梨放送の研修が終わって職場に復帰していて元気元気。胡さんは学習合宿に出張していて電話で声だけ聞きまゲン@北京.jpgした。この人達にゲンの翻訳や出版に関して応援してもらっています。素適な人たちで心から嬉しい初対面でした。白さんが仕事に帰ってから、中国で通訳や出版の編集や翻訳で活躍している3人と私で、市長の貴重映像DVDを見ながら議論。先日のAPECの時の国際記者会見の実際の様子ゲンについての番組をみんなで見る.jpgなどを聞き、現場と実際の報道の微妙なずれ、通訳の仕事の重要性をつくづく感じました。本当にハッとするほど勉強になることばかりでした。


 6時前にさよならして、大慌てで荷物を持ってホテルにチェックイン(私にしては超豪華でしょう! 5つ★)。中国国際放送局のリスナーで、北京市観光発展委員会との共催クイズ当選者(6ヶ国から8名)が北京観光に招かれているのですが、本当は今日6日がチェックインの日なのです。

 そのまま、すぐ日本人独身男性のTさんの家のホームパーティ?に私もついでに招待してもらったので、図々しく出かけました。日本人男性2人と燕と私の中日母娘。主に映像、映画などの議論。

 さて、まだ本日は番組を録音するはずだった! 会社のスタジオまで行く時間がもったいないので、そのままホテルの私の部屋で録音することに。さすがに声が枯れ枯れ。終わったのは夜の11時頃でした。燕はそれからホテルを出て自宅に自転車で飛んで帰っていきました。

  

12月7日(日)

 朝8時ホテルロビー集合。バスに乗ってから、ガイドさんの英語の案内で、参加者の自己紹介をしあいました。

参加国

参加者

経歴・職業など

アメリカ

ニューヨーク

中国系アメリカ人 


中国に留学経験のある20代? 女性。おしゃれで可愛らしい。

アメリカ

ワシントンDC

スペイン系アメリカ人夫婦

42歳と35歳。ITの学校の先生と生徒で結婚。IT関連勤務

ドイツ

ドイツ人夫婦

小学校の副校長。

フランス

フランス人

75歳。ファーザーのあだ名がつく

韓国

韓国人

在韓国の外国企業の社員

日本

日本人

北京に来たこと有りはこの人だけ


これらの人にそれぞれの言語の通訳がつきました。後は北京の観光局や放送局の取材班が同行。

英語のガイドさん入れて18人くらいがバスに乗っています。私の今日の通訳は朝鮮族金さん。長春出身。お父さんは朝鮮文学の作家で、大学の教授をされているそうです。広島大学で教鞭をとっていらしたことがあって、キムさんは高校を1年休学して広島の高校に通ったことがあるそうです。11月に入局したばかりの新人さんです。


 さて、まずは万里の長城The Great Wall。北京市に近い八達嶺ではなく、2時間ちょっとかかる慕田峪へ。近づくにつれ、数年前に来たときとは全く違う景観にびっくり。民宿が建ち並び、週末には北京市内の人たちが大気汚染からのがれてここで散歩などを楽しむそうです。自家用車を持った裕福な人たちが出来ることでしょうね。ゲートをくぐるとお店もこぎれいに建ち並び、吉野家まであって、びっくり仰天です。すっかり都会的ですが、売り声は昔のまま。孫にパンダの帽子を買いました。80元から吹っかけられたけど、20元で買う。中国ではこれがまず楽しいスリル。ブルカーも整備されていて、足が心配な私はホッとしました。しかし、足は日ごとに治ってきたので、よく歩けて感謝。

 ケーブルカーでドイツ人夫婦と一緒になり、キムさんが「私はドイツ語が一つだけ話せます。イッヒリーベディッヒ」と言ったので、笑い声があがりました。私も慌てて「私は一つだけ歌えます」と言って、うろ覚えの「野ばら」を歌い始めたら、「シューベルト? 」と反応してもらえました。?疑問符つきが問題ですけどね。長城でテレビインタビューがあり、「我愛北京感知北京」と言わさせられました。

 少しバスで移動して観光客用のレストランで食事。午後は北京市内に戻って、胡同の四合院訪問。旧い旧い北京の暮らしが今尚保存され、実際に市民が暮らしています。人力車で到着して伝統的な四合院の様式をここでも英語で聞きました。皇帝が座っていた椅子と同じという古い椅子にたまたまフランスが座って皇帝の真似をして見せます。爆笑。そして、お琴の「茉莉花」の演奏が始まりました。そこでフランス皇帝が歌のリクエスト。なんとみんなで合唱が始まったのでした。75歳がエンペラーの椅子で指揮みんな爆笑でした。

Are You Sleeping

Are you sleeping ?,Are you sleeping ?,

Brother John, Brother John,

Morning bells are ringing, Morning bells are ringing,

Ding, ding, dong ! Ding, ding, dong ! 


これはフランス民謡だったのですね。思うに、リスナーとして選ばれて来ているからか、みんなコミュニケーション能力が豊かでジョークを楽しんでいます。旅行グループが不特定多数の場合は、主催者は最大公約数の価値を提供しなくてはなりません。今回は、国際放送のリスナーという共通項に助けられて、とても楽しい。大きな池の周りに賑やかなバーやレストランが建ち並ぶネオン眩しい什刹海を散歩して夕食。夜8時すぎにホテル帰着。お腹も疲労も満杯! 

旅行ガイドの劉さん.jpg 日本語通訳のキムさん.jpg 万里の長城吉野家.jpg 野良犬とお店屋さんの路上でトランプ.jpg アメリカワシントンDCからの夫妻と劉さん.jpg 背景は長城 劉さんとキムさん.jpg 日本人当選者!.jpg キムさんの後ろは取材を受ける韓国からの当選者と通訳.jpg 

フートンで三輪車に乗るフランスの当選者と通訳.jpg 四合院入口.jpg お庭の女の子.jpg 皇帝のいすに座るファーザー.jpg 琴の演奏.jpg 鳩を飼っている家.jpg バイクが通る.jpg 什刹海散歩.jpg


12月8日(月)


 朝9時集合。10和园着。バスの中はクイズで退屈しないようにガイドさんが気を配ってくれるけれど、英語ばかりで、意味を考えている間に韓国とアメリカに賞品のDVDをとられてしまう。全く不利。英語は話せないと世界制覇はできぬ。皇帝の巨大な庭園、和园数回来ているのですが、以前は氷の上を歩いた昆明湖はまだ薄くしか凍っていなくて、歩けませんでした。船にも乗れません。湖のほとりで、水の筆で字を書く人たちにみんなが興味を示しました。私は書いたら! と通訳の陳さんに勧められて、下手ながら「友好」の文字を書きました。書いている人も一般市民ですが、心得たもので、ハングルもイングリッシュもジャーマニィもフレンチも書く。あれ? 日本語は? 一緒か…。


 前に来たときより回廊の修理がこまめにしてあると感じました。オリンピックや万博の開催で、観光にパワーを吹き込んだのでしょう。ながーい回廊を回って、西太后が夏ころ昆明湖の景色を楽しんだ後休憩したという石舫(石の船)を通り越して裏口に。庭の樹齢の古いこと

バスで皇家菜博物館に向かいまして、下車した時から、時代物の衣裳の男性たちが、皇帝を迎えるような仰々しいお出迎え。まずは、皇帝料理の様々な紹介がしてある本物の博物館を参観し、歩きつかれたころに大人数の結婚披露宴が出来そうな広すぎる宴会の間で食事。さすがに美味しい。民族舞踊も入り、チベット舞踊になったら来客に贈呈する青い布も最後はプレゼントされ、飽きさせないサービスが目白押しです。みんなが満腹する頃、私たちのバスのガイドさんが現れて、またカードなどのマジックをしてくれます。37歳くらい。この年代の中国人は、日本のアニメに感化されていて、一休さんや名探偵コナンや、聖闘士星矢の単語がポンポン飛び出します。一休さんの物まねで頭の上で両手の人差し指をくるくるさせて「よーく考えて!」なんて言うので、私はここぞとばかりに下手な中国語で「一休さんは劉さんより可愛いよ!」中国人は爆笑。劉さんは英語なので疲れるけれど、本当に笑顔をたやさない素適なガイドさんです。


ドイツ当選者夫妻と.jpg 陳さんと昆明湖前.jpg 友好の文字を書く.jpg 各国の水文字.jpg 石舫の前の陳さん.jpg 姫の御通り .jpg 皇帝の椅子に座る.jpg 博物館の中のレストラン.jpg皇帝料理.jpg 

午後は東直門漢方医学病院の国際部で漢方医療の見学をたっぷりしました。漢方医の4つの診療法、マッサージの実際の見学やナシをジュースに絞って、お鍋で煮詰め、蜂蜜と合わせて煮込む秋梨膏の製作もしました。国際部なので、こちらも全部英語で教えてもらいました。しかし、こればかりは皆興味津々で、各通訳に色々訊いていました。風水・陰陽のバランスなどとても大切だという解説がありました。廊下の水盤に金魚が2匹泳いでいましたが、これも黒と赤の陰陽作った秋梨膏は小さな瓶に入れてもらってお土産となりました。のどや風邪に効き、色々な効用がありそうです。

蜀国演義レストランで夕食。入った途端、大きなスクリーンで安倍さんが選挙演説をしている場面が飛び込み、びっくりしました。北朝鮮のニュースもやっていました。料理は四川料理。あいまあいまにパフォーマンスが入り、思いがけず「変面」を見ることが出来ました。これは本当に不思議な芸能です。客席のすぐそばまで来て演じてもくれます。ホテルは北京の西のはずれにあるので、東から市内を横切って、バスでかなりかかって9時ちかくホテルに帰りました。ぐったり。

漢方医院国際部.jpg 薬のもとは.jpg 感熱調査.jpg アメリカ夫妻の体験.jpg 夫が見守りと撮影.jpg 梨とはちみつを煮る.jpg 蜂蜜の量は.jpg 蜀国演義レストランで変面.jpg ドイツがウィスキー持参.jpg 

posted by Hiromi at 21:15| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月04日

39個の平和の小石

 アメリカでは黒人少年が警察に射殺されて抗議が行なわれる。そのたびにYOSHIの命が存えていたならと思う。生きていたら、もう39歳。服部美恵子さんからのYOSHIの会へのメール。
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服部美恵子です。11月22日は剛丈(よしひろ)の誕生日でした。
11月30日、バトンルージュのユニタリアン教会にあるピースストンをかこんで小さなセレモニーがありました。年令の数(今年は39)の鶴の折り紙を折ってささげるというものです。
Ms Irene Katoとホリー(ホストマザー)がよびかけ人です。温かい気持ちとすばらしい写真に心がなごみ、洗われ、元気をもらいました。

Holleyからのメール

Dear Masa and Mieko,

Irene has sent some beautiful pictures of yesterday’s visits to the stone. Each person took a small stone and put it on the larger stones in memory of Yoshi. By the end of the morning, the large stones where covered with small stones. The cranes seemed like a dragon swimming along the black stone. The day was beautiful, the memory forever sad.

Holley

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 バトンルージュの教会の庭で、みんなが大きい石をカバーするようにして小さい石を、祈りをこめておいてくれてるんだってことがよく分かります。こんなあったかい人たちの心が政治に届きますように。

 peacestones.jpg ヘイメーカー夫妻.jpg 小石に願いをこめて.jpg リエさんが描いたヨシの絵にも鶴.jpg 


posted by Hiromi at 19:57| 愛知 ☔| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月03日

高校の授業

 名古屋市立C高校で音声表現の45×2=90分授業。何をやってもいいと言われたので、まず「バナナの叩き売り」口上で眠気覚まし。バナナの叩き売り発祥の地は門司港。台湾のキールン港を出てから門司港について、神戸に運ぶのに時間がかかって傷みそうなのを、門司で叩き売ってしまったというのが、その由来です。近所のスーパーで台湾バナナの房を実際に買って(フィリピン産の2倍くらいした!)小道具に。「さーあっ、買うた、買うた! ねえ、あなた、買わないの?」って訊いたら、「ただなら貰う!」ってペルー人の生徒。ジェスチャーがどうにいっていて大笑い。盛り上がります。銀髪で短パン、モデルさながらのきれいな化粧の娘さんもいます。

 発声練習の後は、「いろは歌」。全部いえる生徒もいるし、全く知らないという生徒もいます。「みんなお正月は何をしますか?」「バイトが入っているので何もしません」・・・。「藤村のいろは歌留多」のA3カラーカードを全員(27人)に配ってそれぞれ、読む。最後に真ん中においた机にカードを並べて、その回りで輪になって座って、カードを取りに行きます。読み手を引き受けてくれた生徒は旧ひらがなに四苦八苦しながら、頑張りました。今では使ってはいけない言葉の説明もする。

 次は「ジョージカーリンの手紙」。何度か練習をして、最後はステージに並ぶように半円になって群読。先生2人にも手伝ってもらって色々な形で群読を楽しみました。皆よく声を出し、素直な生徒たちでした。最後は短い落語をさせて、私の「だゃぁことれんこんときゅうり」の名古屋弁のお話で終了ベル。
授業終わったら、3人組の女生徒が私を取り囲み、「先生、『歌の時間です』って言って」とリクエスト。「??ウタノジカンデス」「ほら! NHKの歌の時間、先生知っとるでしょう? あれにそっくり! キャハハハハッ!」。はーあ??? ・・・・まあまあ本当に久々に若いエネルギーに囲まれ、楽しく過ごせました。仲間と声を出すことの楽しさを忘れないでいて欲しい。
posted by Hiromi at 21:10| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月02日

「伝える力」を育てる

  東海音声表現研究会。長く市立高校で国語教師として放送部の指導をし、毎年のようにNHKの全国大会に生徒を送り出してきた、K高校放送部外部講師のY先生のお話でした。“「伝える力」を育てる”がテーマ。定年退職後、70歳をこえてもずっと指導されてる、その情熱の出所は何でしょう。
 コンクールに出場するまでの内情や、日々の練習、生徒自ら取材をして原稿を作って朗読やアナウンスをするなど、具体的な内容がとても面白かったです。

 日本語は頭高の語以外、必ず第2音目が上がるという法則を持っています。専門的には、あらゆる言葉の第2音目が上がっていないと、音が明確にならないので、伝わりにくいという事がある。しかし、あまりにガチガチに明瞭な発音をしていると、機械的でつまらない。やっぱり「話すように」話したいわけです。
 話す時、私たちは話したいと思って話しています。それが原稿があると、途端に読み上げて不自然になる。朗読は、原稿を読むことと、話すように話して伝えたいという葛藤であり、闘い。自然に話すというよりも、自然に聴こえるような朗読。(演劇では、リアリズム演劇という)。

  毎年、「国語力セミナー」というのが開かれているそうで、「話す・聞く・読む・書く」力を児童、生徒がどうつけていくかを研究しています。結局は小・中・高校まで一貫して音声表現の指導をするべきだという、これはよく議論されるところに落ちました。
 フランスでは幼い頃から徹底的に朗読の勉強をするそうで、彼らは「フランス人で朗読が出来ない人はいない」と胸をはる。日本人は、上手に朗読するとぶりっ子に思われやしないかという恥ずかしがる文化がどっかでじゃましてるんじゃないかしらねぇ・・・と、帰り道でも歩きながら議論が続きました。

 選挙のアナウンスはどうか。ただ煩いだけと感じることが多い。声のでかい、態度のでかい奴が強くなっていくのは許せない。私たちは、よく伝わるように伝えて欲しいのだ。聞くパワーも全開で。
 それにしても沖縄知事選でオナガさんの応援で演説された菅原文太さんの言葉はビンビン心に入りました。

★政治の役割はふたつあります。
 ひとつは、国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。

 もう一つは、これが最も大事です。絶対に戦争をしないこと!

病をおして沖縄へ向かったんだね。文太さん、ありがとう。みんなの心に永く染み渡るアナウンスでした。


posted by Hiromi at 23:19| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする