2015年03月31日

金鵄の塔から平和の塔へ

 広島から取材クルー3人来宅。予め「ゲンは何も新しい進展はないのです。悩み続けています」と言ったのだけど、今年は戦後70周年の節目だし、何より、ゲンの応援をしてくださっているので、とにかく迎えました。私の部屋だけは明日お正月が来ればいいのにと思うほど片づけたんだけど、となりの寝室は見られたくないものの格納庫。でも、いきなりこの襖をあけて、「ここからカメラ向けていいですか・・・」「このテーブル、隣の部屋に移動させていいですか・・・」。わたしゃ、顔から火が出て。人生オウオウニシテそんなもんです。

 金鵄の塔.jpg話がひょんなことから「金鵄の塔」のことになりました。広島市の南区にある日清戦争凱旋碑です。1894年(明治27年)に日清戦争が勃発すると、第5師団は第3師団とともに第1軍として先鋒となる。宇品港は兵站基地となり、御幸通りを多くの兵隊が通って戦地へと向かったのだそうです。現在は金鵄塔ではなく、「平和の塔」と呼ばれていて、なぜそう呼ばれるようになったかなど、その流れも追っているという話でした。なにげなく「え、うちに金鵄勲章あるんですけど、同じ意味ですかね」「えーーっ、探しているんですよ、それ。是非見せてください!」。さーぁ、大変。押入れの奥の奥の奥のどこにおいたっけ?の、父の戦争中の行李をやっとこさ引っ張り出してきたら、その中に無雑作に放り込んでありました。それで、その撮影が始まって、はからずも日中戦争の前の日露戦争より前の日清戦争まで思い起こすことになりました。なぜ原爆が広島に落ちたのか、広島の歴史が深い意味を持っていることを知りました。番組を作る人は、ものすごい深堀をするものなのですねぇ。

 話は基本的には、私が悩んでいるという話に終始したのだけれど、つくづくお隣の国とどうしてこんなにも戦争ばかりやってきたのか、どうしてもっと仲良くなれないのかと悩みは果てません。
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2015年03月30日

工事作業停止は認めない・・・一時的に効力を停止する

  翁長知事が防衛省沖縄防衛局に出した工事作業停止の指示について、沖縄防衛局は執行停止を求めてた。それを防衛省は認めて、今日、一時的に効力を停止することを決定した。だから工事は続行されてしまう。県側は対抗措置を検討する・・・。なんかこれって、もう戦争じゃないの? 国家の政府のための沖縄いじめ。何がていねいに説明してだ。沖縄の人たちが止めてほしいって言ってるのに。あんまりです。

 「あいち沖縄会議」は、明日31日の夕方 18時から栄バスターミナルで街宣を行います。
バスターミナルにスクリーンを立てて映像を上映します。実際沖縄で何が行なわれているかって。沖縄の海中映像や辺野古沖での海上行動、キャンプシュワブでのゲート前での映像などと、安倍政権への批判を込めた「イラクの子供を救う会」の西谷さんが作った替え歌を使った映像を流しながら街宣をするそうです。
夜間のスクリーン街宣がどのようなものか、時間のある方はぜひ見に行ってみてください。
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2015年03月28日

政府が処罰を決めるのではなく、決めるのは国民

秘密保全法に反対する愛知の会結成3周年総会。司会は若い男女の弁護士さんたち。報告はエネルギー満タンの、これも若い女性弁護士さん。共同代表の今や中堅の働き盛りの弁護士さんや大学院教授。スタッフはベテランの年輪を重ねた弁護士さんや市民。なんとも頼もしい総会でした。全国では62の団体が手を繋いで行動しています。
 講演会は名大名誉教授、中京大学の平田宗信先生。特定秘密保護法と改憲の動きーー刑事法の視点から。
 刑事法に関する憲法の原理・原則。政府が処罰を決めるのではなく、決めるのは国民。国民主権であるということをまず肝に銘じることだと思いました。そして、憲法の理念に反する立法は許さない。どういうことをやったら処罰されるか、まったく曖昧なままの秘密保護法は問題だらけであることを確認しました。そして、秘密保護法は、そもそも軍事立法に由来するということ。殺すか殺さないかが戦場の論理で、人権は無視される。憲法の論理は市民社会の論理であるはず。現在の安全保障法制は戦前の軍事・戦争法制に非常によく似ているという指摘に暗然。「私達の国は名前は日本国だけれど、今ある国家とは全く別の国の軍事国家にされようとしているとまで看破されていました。

 松元ヒロさん.jpg静かな講演の後は、スタンダップコメディアンの松元ヒロさんのソロライブ。体一つのステージ。笑いの波が5分おきには押し寄せて、実にエネルギッシュで痛快な1時間10分の政権風刺のコメディでした。
 最後の「私は今から体中憲法になります。憲ちゃんです」と断ってからの、憲法前文の暗唱や九条の話など、実に素晴らしく、涙が出そうになりました。感動。こんな人がいるんだ!  私もがんばらなくっちゃね。しみじみそう思いました。今日の会のお世話をしてくださった皆さん、ありがとうございました。
posted by Hiromi at 23:25| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日の報道特集 必見

高世さんからのお知らせです。夕方用のある方はビデオの予約をどうぞ。前半の早い時間だそうです。
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《ジン・ネット便り》2015.3.27

28(土TBS系 報道特集17時半から

前半 特集「イスラム国から奪還!最前線の町

旅券返納命令のあと初めてシリアを取材したジャーナリスト遠藤正雄さん。その注目リポートをジン・ネットがプロデュースしました

後藤健二さんを殺害した過激派組織「イ スラム国」。その支配から脱した町に日本人ジャーナリストが入った。破壊し尽くされた町から見えたものは

クルド勢力がイスラム国から奪還した要衝コバニには、避難していた市民が戻り始めた、不発弾と死体が散乱する荒廃した故郷 に途方にくれていた。そこには、日本人以外の多くの外国人ジャーナリストが入っており、現地の人々は世界にこの惨状を伝えてく れと彼らに訴えていた

日本政府が報道規制を強める中、紛争地取材の意味を考 える。

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2015年03月27日

猫と一緒に読書をする

  5+1の参加者で八事朗読バンド練習日。4月に「春 朗読の一日」に今年も参加するので、作品も参加者も決まり、今日は最終的には立ち稽古も入れて完成を目指しました。

 cat朗読1.jpg今日の発声練習後の一服の話題は「猫と一緒に読書をするプログラム」。アメリカのペンシルベニア州の動物保護施設での話。捨てられたり、虐待された猫が保護されている施設で、子供達が本を朗読するという試みですが、子供達の読書力がアップしただけでなく、猫達も一緒に癒やされていることが分かったのですって。この保護施設の職員の10歳の息子さんが、「失読症」傾向があって、閃いて猫のいる中で本を読ませてみたのね。結果、彼は猫達のいる中で楽しみながら朗読することができるようになったそうです。
この写真を見た時、とても心が和みました。そして初めて自分が朗読しているのは、自分のためなんだ! と。今まで思いあがって「だれだれのために」なんて思っていた事は全部間違いだったと思ったのでした。
ね、猫と坊や素適だね。それにしても、「失読症」って症状があるんだぁ。「読めない」という病気があるんだぁ。
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2015年03月26日

私は男か女か

 私は生物学的に女性なので、今まで、あらゆる社会規範の中で「女性」として扱われてきた。
ただ、もし仮に私の性格が「男性のようだ」と、誰かごく少数の人に思われた場合、その人たちは私のことを「通常の観念で考えると男性とは異なるが、男性の定義如何では男性に当たる。なぜなら男女共用のトイレがあれば、使用可能であるから・・・と、思わずことば遊びをしてしまいました。

菅官房長官
 「自衛隊は憲法上、必要最小限度を超える実力を保持し得ないなどの制約が課せられており、(国内では)通常の観念で考えられる軍隊とは異なる」と従来の政府見解を説明。その上で「自衛隊が軍隊かどうかは軍隊の定義いかんによるものだ」

政府の公式見解
自衛隊は「我が国を防衛するための必要最小限度の実力組織であり、『陸海空軍その他の戦力』には当たらない」(2006年12月、第1次安倍政権の政府答弁書)
自衛隊には他国軍が通常備えている軍法会議がない。攻撃型の空母を持たないなどの装備上の制約もある。

政府
「自衛隊は一般的に国際法上は軍隊に該当する」。海外活動中の自衛隊員が他国軍に捕らえられた場合、国際法上、捕虜としての扱いを受けることになる。

佐藤栄作首相
「自衛隊を軍隊と呼称することはしない」(1967年の国会答弁)

小泉純一郎首相
「実質的には軍隊だ。いずれ憲法でも軍隊と認めて、国を守る戦闘組織に名誉と地位を与える時期が来ると確信する」(2003年の国会答弁)

民主党の枝野幸男幹事長
「軍ではないという位置づけでなければ説明がつかない」。
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2015年03月24日

1300人が100人に

  20日の参院予算委員会で、自衛隊を「我が軍」と述べた方がいます。憲法9条は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と定めています。だから、「わが軍」と言った人はきっとどこか他所の国の人だと思います。どこかの国の自民党の憲法改正草案には「国防軍」の創設が盛り込まれています。

 戦争に進む道は本音を隠して全て秘密。戦争中はもっともっと秘密。国民は「お国のため」と美辞麗句に操られ、人殺しに協力するのです。 7月4日(土)午後、テッカイの会が名古屋港ポートビルの講堂で講演会「日本海軍の日中戦争」を開くのは、この港から国を想う真面目な兵隊達が出て行ったからです。過激でも何でもありません。無関心でいる方が過激です。

 名古屋歩兵第六聯隊・・・1300人の大体3個に砲中隊1個、指揮班3個、連隊の指揮班、連隊砲の指揮不許可写真(毎日).jpg班の総数5300人がこの埠頭から出て行ったのです。1937年8月19日に出発して21日の正午に揚子江の河口に近い馬鞍群島に着き、1個大隊が駆逐艦に分乗して、兵隊はそれぞれ10キロほどの携帯荷物を背負って完全武装。父のいた連隊は1300人が100人になってしまう大激戦でした。100人の中に入った06.弾丸が貫いた鉄兜.jpg父は、全て「壮烈な戦死」として適当に作文した書記でした。
 これは、私の実の父親の話です。聞いた話でも創作した物語でもありません。再びわが子や孫を戦場へ送ることがあっては、絶対絶対いけません。人殺しをさせてはいけません。若い人達に伝不許可写真.jpgえていかなければならないのです! 
 (写真はクリックで大きくなります)


 毎日新聞社刊の『秘蔵の不許可写真』から。上海で撮られた1937年10月21日の写真です。一番左の端っこで父が敬礼をしています。埋葬は当時許されていなかったので、不許可になったのです。戦争にいく道は全て秘密。戦争中はもっと秘密。それでも「お国のため」と、国家を信じてついていくのか!! 弾丸が貫いた鉄兜の写真は、父のアルバムに貼ってあります。父の隣にいた安藤部隊長のもの。昨年の8月の「戦争展」で、この安藤部隊長の息子さんを大学で教えた名誉教授の先生にめぐり合いました。その息子さんは「どこで死んだのか、よく知らない」と、生前仰っていたそうです。いつも小学校の平和の授業では、沢山の写真の中で、この鉄兜の写真も見せます。

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2015年03月23日

3/28(土)13時半〜 秘密保全法に反対する愛知の会

 今日は良い日でした。やけっぱちの欝が50%解消! 名古屋港ポートビルから電話が入り、「公序良俗に反しない内容ならば良い」という回答でした。おそらく色々調べた結果でしょう。それですぐ予約しました。思わず"公序良俗"の意味を調べたけどね。公序を乱しているのはいったいだーあれ? やくざでもミギでもないことを分かってくれたみたいで、素直に感謝。
 郵便受けを覗いたら、友人からの治療用のクリームが入った封筒にびっくり。リンパのつまりを流す作用があるらしいです。つまり・・・私がブログに「足の痛みがとれたっ!」 って書いたもんだから。ありがとう! なんて優しいこと。実はナマカジリの「整膚」もどきで皮膚を引っ張り引っ張りしてたのです。今度はこのクリームも使って、完全に治そうと思っています。指の腱鞘炎なんかにも効くらしいです。

 ★更には、翁長知事が今日、辺野古沿岸部の移設に向けた作業を一時中断するよう、沖縄防衛局に指示したというニュース。元気出るね。

 元気が出たところで、集会のお知らせ。
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3/28(土)13時半- 秘密保全法に反対する愛知の会
       3周年総会 平川宗信教授講演+松元ヒロ公演 
  
秘密保全法に反対する愛知の会は、15/3/28(土)13時半から、名古屋市伏見ライフプラザ 鯱城ホールにて結成3周年総会を行います。引き続き、平川宗信氏(名古屋大学名誉教授・中京大学教授)の講演、松元ヒロ氏(スタンダップコメディアン)の公演も行います。
 秘密保護法違反での処罰の問題について、刑法学の平川宗信教授から学び、松元ヒロさんのスタンダップコメディで笑い飛ばします!どなたでも参加できます。ぜひご参加ください。
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2015年03月21日

 2015庭の紫金草.jpg新聞で、ホームで亡くなった人は55歳の医師だったと知りました。私が佇んでいた、ほんの数メートルのところで、命を救う仕事の働き盛りの人の命が消えてしまったことに複雑な想いになる。

 最近、暖かくなったからか、痛くて引きずるように歩いていた左脚が『あれ? 曲がる! 軽い!』って感じで、少し憂鬱から救われています。欝気分が続いていて、「がま口」では頑張る・頑張る・負けない! と言いながら、欝。欝だから、自分で何とかしようと、そう言うんだね。全く「自分」は信用できません。なまものです。なまの後に「け」の字をはさんでもよろし。
 なぜ「虐殺はなかったのではないか」という人の発言をテッカイさせようとするのが、過激なのだろうかと考えると本当に鬱々とする。「なかった」と言う人の方がよほど過激なのに。「K市長と吉永小百合の会」だとかで申請したら、きっと問題なく受け付けたと思う。特定の政治家の名前を冠した・・・なんて、夢にも思わんて。「名前なんて、適当にごまかして申請すればいいのよ」とアドバイスしてくれる人もいる。私はいやだ。後で計算が合わなくなるよ。明日知れぬ身で、今日なぜ自分を偽るの。

 高世さんの昨日のブログ http://d.hatena.ne.jp/takase22/ を読んで、現場がここまで来ているのかと愕然としました。頑張っているジャーナリストたちの憂鬱も又重なる。戦争法案が通ってしまったらマスコミも右へならえ! の敬礼か。本当に心からメディアの人たちを励ましたい。「一匹の鼠がスープの鍋に糞をする」という諺が中国にあるそうです。私たちは受け入れるがままのスープの鍋か。
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2015年03月19日

乗ろうとした電車が人身事故

 7月のカワムラテッカイの3周年の総会と記念講演会の会場探しでここ2週間ほど四苦八苦しています。ここぞと思うところはもう空きがなく、安い料金の市の会場は、2ヶ月、3ヶ月前の抽選会に当選せねばならず、それでは講師の先生に日程を伝えられず失礼です。1週間ほど前名古屋港のポートビルのホールが空いていることを発見して、電話で確認もして、いざ申し込もうと私達の団体名を言ったら、突然電話を代った男性が「特定の政治家の名前を冠した団体には貸せません」と、ノタモウタ。スッタモンダあった(今もアリツツアル)事は省略します。実際は今も私は気分が悪い。

 今日、思いついて本山の生協会館へ行き、借りるのに必要な書類申請をしに出かけました。午後1時35分のバスに乗って、「塩釜口南」で下車。1時59分塩釜口駅発の電車をホームで待っていたら、電車は止まったけれど、ドアーが開きません。乗車も下車も出来ない状態が2分ほど続いて「なんかコツンって言ったよね」「きな臭くない?」などと、聞こえ出したので、私はホームの中央に下がって、エスカレーターにすぐ乗れるところまで移動しました。すると、やっと駅員さんが階段を駆け下りて来て列車を見回し
「人身事故! 改札閉鎖ーー!」
「ホームの方たちは上にあがってくださいーー」。
 私は一番に改札を出ました。当分不通になると判断して、八事まで1駅歩き、名城線で本山に行くことにしました。2時5分過ぎには自宅に電話して自分の安全を伝え、かつて暮らしていたエリアなのでサッサと八事に向かって歩き出しました。後ろから追いかけるように歩いてきた同年くらいの男性が追い抜きざまに
「塩釜口で人身事故だったよ。あ、今救急車が行くね」
「ええ、私も乗ろうとしていた電車です。事故を目撃されたんですか?」
「いや、僕の隣にいた女性が見たそうでガタガタ震えていたよ」

 名城大学薬学部校門坂道.jpg名城大学の薬学部を通りかかって、ノーベル賞の垂れ幕に気付きました。赤崎氏は名古屋大学で研究されたけれど、今は名城大学に籍があります。しばらく歩いたら、今度は私より年配の感じの女性が八事の方から歩いてきて
「名城大学はどっちだね?」
「こちらですよ」
「鶴舞線が止まってまって、まあどっこも行けえせんがね」
「塩釜口で人身事故で、私も乗れないので歩いているんですよ」
「あれ、あんた、事故を見やあたの?」
「いえ、見てませんが、八事まで歩こうと・・・」

 午後2時半には八事駅に到着していたので、八事駅人身事故電光掲示.jpg自分の判断は土地勘があったから、落ち着いて出来たと思います。自分の危機管理について真剣に考えた一件でした。本山駅に到着したらやはり鶴舞線不通の案塩釜口人身事故.jpg内が出ていました。帰りは東山線で「星が丘」に出てからバスで地下鉄植田行きに乗りましたが、バスの車掌さんは乗り込んでくるお客さんの一人ひとりに鶴舞線が不通だと案内していました。公共交通に関わるお仕事の方たちも大変だなぁと思った次第。そういえば今日、地下鉄八事駅の上にある中京大学を、浅田真央ちゃんが卒業したってニュースがあったね。

 ところで、生協の受付へ行ったら、よく知った顔の方がカウンターにいらしてびっくり。N市の朗読の会や「ぞうれっしゃ」などの合唱でしょっちゅうお見受けしている顔。それを言ったら「お宅のお名前は?」「BHです」「あらーユウメイな・・・」「ととととトーンでもないです」。歩きつかれてボサボサヘトヘトの時にこういうシーンが来るのは辛い。恥ずかしい。でも朗読の話で盛り上がりました。
 帰宅後、彼女から電話がかかり「審査の時、お宅たちの名前が過激だという人もちょっとありましたけど、私があなたのことをきちんと説明して、通りました」だって! ヤッホー。神様、仏様ありがとう・・・っていうか、どこが過激なのかよくわからん。今まで、イラク訴訟の集会だって、テッカイだって、いぶかしがられる事は一度もなかったのです。

 塩釜口駅を人生の最終場所に選んだ人は、何を苦しんでいたのだろう。私は負けない。負けてたまるか。
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2015年03月17日

あぁ・・・


 H小学校の卒業式の6年生96名の「お別れのことば」の最後の授業。表情が生き生きしてきて、みんなの頑張った様子が確実に見えて嬉しかった! でも、本番で発揮できるかどうかです。阪田寛夫の「お経」で発声練習したので、家の仏壇から御鈴を持ち出して、語尾が延びたら、チンチン鳴らしました。そして100円ショップで見つけた伸縮棒で行間が動かせるようにして「間」をとることの大切さを印象付ける作戦をとりました。今日は合唱2曲をあわせて聴き、涙が出そうになりました。「みんなで力を出し合って、一つの作品よ」と、私の最後のことばにしました。一昔前の私達の卒業式とは隔世の感あり。卒業式の「お別れのことば」は絶対成功すると信じていますが、私は、これから先、色々な場面で、この子たちが、自分の気持ちを伝えたいときにふっと役立てばいいな・・・と考えています。
 今日も駅までの送迎はもちろん、校長先生との給食にお喋りにリラックスザンマイ。来年度も卒業式はお付き合いさせていただくことになり、「生きていましたらば・・・」と答えました。ほんと、一日一日が「命」なので、その時生きていたいと思いつつ。

 プーチン氏が去年2月、ウクライナからクリミアを併合した際、核兵器の使用を準備を指示していたというニュースに驚愕していたら、日本の国会で飛び出した
に仰天。これこそ信じられない光景です。ご本人は得々とお話してるけど、冗談じゃないんですよね。漢字を書くのも嫌な「ことば」。

 関西電力が、運転開始から40年を超えた老朽原発の美浜原発1、2号機の廃炉を正式に決定した事はホッとしたけれど、本当は全ての原発を今すぐ廃炉にしてほしい。廃炉を決定した原発が最終作業を終えるまでだけでも、私が生きていられるかどうかも分からない。大人たちの無責任が子ども達に回っていく。
 「はだしのゲン」が最初に外国語に翻訳されたのはロシア語です。英語ではありません。ウクライナ語版もニーナさんが順次出版中です。そのニーナさんも怖がって泣いています。頑張っても頑張っても増殖する恐ろしさ。あぁ・・・。

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2015年03月13日

この子達が大人になった時

  広見小学校感想文.jpg先日授業をした名古屋のH小学校の全校児童から感想文が届きました。 全校というところがすごいね。私の声が大きいことに皆そうとう驚いたみたい。発声練習にやった「詩」も面白かったようで、ホッとしました。「家でお母さんに教えてあげました」なんて書いてあると、にっこりしてしまいます。家庭の中で話が出来ること。これが何よりの宝物。「戦争でどれだけ皆が悲しい思いをしたか」「戦争は絶対やってはいけない」と言うようなこともしっかり書いてくれている乳酸菌飲料ガラガラ.jpgし、短い時間だったけれど、良い出会いをいただいて感謝。あらためて幸福感に浸りました。

 ぐんと年齢が下がって0歳児をむかえるにあたって、又ガラガラをつくりました。本日は乳酸菌飲料の空容器。ボタンやビーズを入れてビニールテープで巻いて繋ぎ、布袋に入れただけ。すぐベタベタになるだろうから、簡単に洗えるように。

 この子達が大人になった時、日本は幸せだろうか。世界は幸せだろうか。
posted by Hiromi at 23:06| 愛知 | がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月11日

3月11日2時46分

 0311JR遅れ1.jpgK市H小学校の卒業式の呼びかけの練習の第2回目。こんな日に限って、名古屋市は3pの積雪となりました。JRが遅れているというニュース。用心して、朝8時半に車で家を出ました。地下鉄で金山まで。金山で案の定8分くらいの遅れ。快速停車駅から普通電車に乗り換えるときには歩いても間に合うとホッ。迎えに来てくださった先生も早めの時間だったので、随分早く学校に到着することが出来ました。K市はほとんど雪はなし。

 体育館で11時からほぼ100人の児童と向き合うのですが、ひとりひとりその場でアドバイスしているわけに行かないので、家で一人ひとりにコメントを書いて、今日は一人ひとりに手渡しました。先回は「語尾をのばさないでピシッととめようね」と約束したので、今日は「大切な事葉を届くようにするには間をとろうね」をテーマにして・・・うーん、全員よく頑張ってます。ちょっと4分ほどオーバーしてしまって反省。

  今日も美味しい給食を校長先生とお喋りしながらいただきました。昔々、私の教生校は、このK市の中学校でした。その時に寡黙児の対処で苦心したことを思い出して話したら、校長先生も自身の貴重な体験を話してくださいました。100人皆が皆、元気で大きな声で笑顔で呼びかけが出来るわけではないのです。皆その子なりの個性で一生懸命声を出そうとしているわけで、全員揃って一つの作品になります。みんなが励ましの眼差しを持ち合うことも作品の力として、聞く人の感動になるかもしれない。0311JR遅れ3.jpg
 忙しい先生方なのに、又駅まで送っていただき、今度は20分の遅れでしたが、何の問題もなく帰宅できました。

 テレビでは3.11の報道が山盛りです。2011年3月11日2時46分から4年。この「時間」や「分」や「秒」は二度と戻りません。起きてしまった事柄を受け入れて、前を向いて歩いている人たちの姿をとても尊く思います。私は何も力になれていないけど、心だけでエールを送っています。


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2015年03月10日

ミュー粒子

 まだ春浅い空から雪降る日この空というか、大気の中にあって、知らないうちに私達の身体や、岩をも通過している素粒子を「ミュー粒子」というそうです。地球の大気と衝突して次々に生まれている宇宙線。寿命は100万分の2秒だけど、1平方メートル当たり毎分1万個も飛んでいるそうです。 なんていわれてもよくわかんないのだけど、このミュー粒子を使うと、いままで見えなかった火山の内部も見えるようになったというのですから、よくまあ、そんな事を考え付いた人がいるものです。
 もっと嬉しいのは、メルトダウンを起こした福島第1原発の内部調査にも使われようとしているんだって!  溶け落ちた核燃料が正確にどこにあってどうなっているかをもっとも知りたいところな訳で、ミュー粒子は3メートルもの厚いコンクリートに取り巻かれた原子炉や、火山灰や火山岩に覆われた火山の内部も通りぬけられて、X線写真と同じように内部にあるものの密度に応じた写真を撮ることができるのだって。すごいね。
原子炉や核兵器に使われるウランやプルトニウムは特別に密度が大きいので、このミュー粒子を使う透視手法が有効だといわれていて、すでにウランやプルトニウムの密輸を防ぐために、怪しいと思われる船積み用のコンテナ輸送容器を開けずに外部からスキャンするための装置は米国で使われているとか。一刻も早く、福島の原子炉の内部を精密に見られるようになって欲しい。

 
 政治家のみなさんの腹の中もミュー粒子が透視して、人によっては、「道徳の時間」の授業を受けてもらいましょう。お腹の中の写真が撮れたらすごいよね。いったい原発事故で苦しんでいる人たちのことを考えている部分が写る人は何人でしょう?
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2015年03月08日

負けるな

 気になって気になって、もう1回
を見ました。この1時間46分54秒という時間は、茶の間でバラエティーを見て笑っていれば、すぐ消化してしまう時間です。パソコンの前でジーッと見るのはきついのですが、自分で区切りを作って、30分ずつでも見て足し算をしていけば最後は1時間46分54秒になります。最後の、当の記者以外の方たちの発言には感動してしまいます。脅迫電話を受けた学園のすぐそばに住む85歳のおじいちゃんが、町内会で署名を集めたり、講演会の会場では若い弁護士たちが警備をしたり・・・など、ひとり一人がヒーロー、ヒロインになれば、悔し涙を流すだけで終わらないのね。戦争が始まる時、なにがおきたかと言うと、真っ先にジャーナリズム叩き。そしてアカデミー叩き。忙しい人は、この講演の最後の1時間20分後からだけでも聴くといいよ。元気が出るよ。
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2015年03月07日

死ぬまで勉強

  今日の午後、名古屋市立大学の人文学部の一室で「ピースストーリーズなごや」という、執筆グループが生まれました。今回の執筆者は22名。1年半ほど前に市大の先生に頼まれて、ゼミ生さんたちのテキストかなんかになるのだと思い込んで、南京の話をチャッチャッと書いて提出したら、実は他にも書いている方が大勢いて、今年の8月にそれらを寄せ合わせて一般書籍として出版するのだそうです。勿論学生さんたちのテキストにもなるとか。
 本のタイトルや、出版されたあかつきの刊行記念シンポジウムをどうするかなどの相談会? 実行委員会? がありました。かくて私は又知らないうちに新たな実行委員会に入っているのでした。出かける前は、大学の先生や弁護士さんが多いし、私はついていけないだろう。やりたい裁縫やおもちゃ作り、やらねばならないこともあるので、静かにして次回からは御暇するつもりでした・・・がアニハカラッテオトウトハカリ、初会合の自己紹介からしてこれが楽しくってね。今日は執筆者の半分くらいの出席しかありませんでしたが、若い現役学生さんもいて、「チャールズ・オーバービーさんにインタビューしてきました」とか「日本国憲法を口語訳しました」とか聞いて、眩しく思いました。社会学者、演劇人、ミュージシャン、テレビ局のディレクター、憲法学者など、様々な人たちから又色々なことを吸収させていただけそうで、呼んでいただいたことに感謝した次第です。やっぱ、死ぬまで勉強しなさいってことなんだなぁ。
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私は闘う

日本ジャーナリスト会議緊急講演会
[慰安婦証言、ねつ造ではない]
私は闘う──元朝日記者・植村隆さんを迎えて

 今日までの歴史の中で生きた人間たちの「怨念」みたいなものについて考えてしまいました。いつ私が理不尽なバッシングの中に立たされるかもしれない。私は潰れずに闘えるだろうか。この世は理不尽。18歳の少年、17歳の少年2人の事件を起こしてしまうような感情。人間は、他者を攻撃して自分を守る。自分を愛おしく自分で守るのだろう。
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2015年03月05日

国際婦人デー記念パーティ

 昨日4日はテッカイ会議。夕方出かけるまでお金の計算。会計という私の最大の苦手なこと、嫌いなことをしていて、心は泣いています。まあ、何とかなるでしょう。7月7日の講演会の講師も決定し、又新たな活動です。少々頭が故障したのか帰りの地下鉄を乗りまちがえ、あらぬ駅で飛び降りました。

 本日5日は中国総領事館主催の国際婦人デー記念パーティがキャッスルホテルでありました。3回目のご招待を受けました。シャトルバスから.JPG名古屋駅でシャトルバスに乗り込み、出発を待っていたら、窓の外に卒業式帰りらしい一団がいました。男子学生も羽織袴で装う時代になったかと、感慨にひたりパチリ。

 パーティの客は女性ばかりなので、とても気楽。「おひとりですか?」と、声をかけた方がたまたま中国人の方で、もう20年も名古屋に住んでいるとか、本国では医者だったけど、日本では医療行為はできないとか、西洋医学と漢方の考え方の違いとか、話がはずんで、友だちになれました。春節祭りやレセプションでいつも司会をしている女性とも偶然近くに座って話すことができ、色々なことを知りました。今日は出かけて良かった! 今ではすっかり仲良くなったSさんは司会をしていて、彼ももう3回目の司会で、落ち着いたもの。領事館勤務にもすっかり慣れて、貫禄を見せていました。

 来賓の紹介では、夫の肩書きに付け加えてご夫人○○様・・・(例えば大村県知事ご夫人)が何人かいらっしゃったけど、名古屋市長夫人はなし。夫人業も挨拶が多くて大変そう。
婦人節二胡.jpg  ソウさんとフラメンコ.jpg 婦人節フラメンコステージ.jpg 婦人節フラメンコステージ2.jpg
posted by Hiromi at 22:41| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月03日

日本語から音が消える日

 11時から45分間、K市立H小学校で卒業生の「お別れのことば」の授業。昨日とがらりと変わって、6年生だけで96人。ひとりひとり全員が必ず短いフレーズの「ことば」を言うのです。かつての送辞1人・答辞1人朗読はすっかり消え、全員が声を出す卒業式。3回行くことになっていて今日はその1回目。H小学校は前にもよく朗読の授業で通った学校なので、たしか、今の6年生は3年生か4年生の時に、私と一緒に授業をやっているはず。母音のことや口のあけ方などの基本は覚えていてくれて助かりました。選手宣誓みたいに語尾を延ばして棒読みにしないこと。伝えたい人を思い描いて、自分の気持ちを届けよう! など、懸命に言ったのですが、想定外だった事は、一通り呼びかけを聞いてから、「自分のフレーズをやってみたい子ー」って訊いたら、ハイハイハイハイハイハイハイハイッとあっちこっちから手が挙がって、みんな、元気よく声を出していたこと。全員当てていたら、夜までかかりそう(笑)なので、残りは次回、次々回にすることに。

 勧められ、終了後校長先生と2人で給食を頂きました。ひな祭りなので豪華に、えびフライ、ふだま汁、五目チラシ寿司、いが饅頭と牛乳。校長先生ともお話が弾みまして、教務、教頭先生たちに駅まで送迎していただき、至れり尽くせりの対応をしていただきました。責任の重さをひしひし感じる仕事です。

 夜は6時半から東海音声表現研究会。こちらもたまたま現役の先生による「小学校の音読事情」報告でした。読む・書く・話す日本語教育の中で音声表現の部分が欠落していることが、ずーーーーっとこの会では議論されています。「話す」ことの試験ってないでしょう? 「聞く」ことの試験って無いでしょう?  学校教育の中で、もっともっと位置づけていかなくてはと、焦ってはいるのですが。まずは指導者を育てること。そうして育った先生が子供を教えて・・・という100年の計画案も出て、話は尽きません。「今のままだと、日本語のなかから音が消える日が来ると思う」という意見も現実味をおびる昨今です。ものを言わなくても暮らせる時代だから。音声表現の楽しさ、感動を伝えあいたいと私は願う。

声が枯れ果ててしまいました。ええーい。寝よう!
posted by Hiromi at 23:04| 愛知 ☔| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月02日

30年ビフォー・アフター

  岐阜放送で1983年12月28日ブログへ.jpg30年前、岐阜放送ラジオのスタジオ前で撮った写真です。右に立っている青年は名古屋市内の現役の小学校教師O先生。当時はまだ20代のお兄さん! 他の先生たちと、「トレイン」という子供向けのバンドを組み、子ども達に絶大な人気を誇っていました。教室だったり、コンサート会場だったりのオリジナル曲のライブ録音を、担当番組の中の「歌のお献立」というコーナーで紹介していたワタクシメもまだ30代半ば。あーーーーぁ! この頃の私はどこへいったのだぁーーーグスン。

  さて、本日は、このO先生から声をかけていただき、私は名古屋市立H小学校に行って来ました。30年経ってトレインと.jpgO校長先生と30年ぶりに対面して大感激。ちっとも変ってなくてやっぱりニコニコと暖かいO先生。変ったのは私だけ。30年のビフォーアフターでした。

 H小学校は名古屋市の都心にあるのですが、ドーナッツ現象で子供の数が減り、全校児童で100人ちょっと。統廃合をぎりぎりの線でまぬかれている感じ。それで低学年(1.2.3年)高学年(4.5.6年)に分けて、絵本の読み聞かせをしてほしいということで、国語の時間として授業をさせてもらいました。
 低学年は谷川俊太郎の「おならうた」と「かっぱ」で言葉遊びをしてから「ダイコンとレンコンとキュウリ」「くまのこうちょうせんせい」の絵本。子ども達が思いのほか発生練習が上手で、トントン拍子にこなしたので、時間が余ってちょっと汗。
 高学年は10回クイズ5問と釜石小学校校歌(井上ひさし作詞)で声を出してから「からすたろう」と「むらさき花だいこん」を朗読しました。考えてみれば、ただ「読み聞かせ」として授業をするのは初めてのことで、ちょっと時間配分がまずかったと反省していますが、なんとかクリアできたかしら・・・。思いやりの心を育てる・・・答えはこの子たちが成長してから出ることであって、教育とは長く遠くをみていなければならないんでしょうね。子供と先生、保護者、社会の信頼をどう築けるか。
 子ども達の世界で悲惨な虐めや殺人まである時代になってしまいました。大島校長先生ブログ用.jpg大人たちの責任は重いという話をO先生としたのでした。

 それぞれ校長先生になったトレインのメンバーは、定年退職を前にして再結成して、ぼちぼち又コンサートをはじめたとか。「是非還暦バンドを聴きにいきたーい!」とお願いしたのでした。校長室のO先生です。「むらさき花だいこん」は私の押し付け。楽しい楽しい一日でした。O先生、ありがとうございました。

posted by Hiromi at 16:16| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする