2016年06月27日

南京における日中の若者の手話交流

燕と白さん.jpg  中国国際放送局の「CRIインタビュー」を、娘?の燕ちゃんが司会をしているので、必ず聴くようにしているのですが、正味37分間のインタビューの部分だけでも(毎日の放送は18:20〜20:00)時間をとるのは、あるようでないので、務めて努めて聴くというのが正直な実情です。でも、毎回、知らないことを知り、聴いてよかったなぁと思います。
  今回は特に、南京に関わる、日中の若者の手話交流の話で、深く心に残りました。色々な人が色々なことに懸命に頑張っている。学ばされることばかりです。

 北京に留学している日本の留学生たちが手話で自己紹介し、手話で、「祝你平安(お元気で)」などを歌い、更にハッピを纏ってソーラン節の踊りも披露しました。
 この中日学生手話交流活動の1回目は2009年5月に四川地震被災地の聾唖学校を訪問したことがきっかけで、その後は南京市での実施が定着したそうです。
 なぜ南京で、なぜ手話交流なのかという話に心打たれました。最後に双方が共演する中国手話による歌「陽光総在風雨後」(太陽はいつも嵐のあとに輝く)が流れます。こんなニュースを日本でどんどん報道してほしいです。

 もう一人の相棒の白昊アナさん(我が家で唯一バラを抱き上げることに成功した中国人)は、18日に、新潟で開かれた、『第8回AKB48選抜総選挙』に行ってきたことも話しています。多角体の中国を感じるひとときです。
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posted by Hiromi at 07:04| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月25日

もうひとつのエンブレム

どうしてこんな事になってしまうのでしょう!!!  日本刀です。
posted by Hiromi at 10:47| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「憲法改正誓いの儀式」

 「生きている」という事がとても不思議です。私が生まれて今日まで生きて、色々な人にお世話になり、色々な人と仲良くなり、色々な人と喧嘩し・・・ないまでも気まずくなって音信普通(だったり不通)になり、何があっても乗り越えて、ずーっと付き合ってもらっている「友だち」「家族」。これは真の財産。自分が何を書こうとしているのか、自分でも分からないけど、「この世の一日一日、一秒一秒が輝いている、大切な宝石なのだ」と思う日でした。友だちの手は暖かい。茶の間に二人で並んで座って、源平桃の向こうに吹きわたる風が見えたよ。

 ●至急拡散希望のアドレスが竜巻のように回っています。自民党の本質の「儀式」。こんな人達に牛耳られる、私の家族やともだちの人生なんか考えられない。

ドキュメンタリー映画 松井久子監督の「不思議の国の憲法」を見に行かなくっちゃ!
なんたってスウさんが出てくるし。

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posted by Hiromi at 04:13| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月24日

週刊金曜日の『はだしのゲン』

 「猫ちゃんがいるんですか?」と訊いたのは、K社の若い女性記者さん。「え?!」「ピアノの上に毛玉が・・・」。やれやれ。私はバラのブラッシング後の毛を集めて、フェルトの人形を作るのだから、ゴミじゃない。

 帰国後、やっと落ち着いたなぁと思った日、台湾大学のT先生からの学生さんたちの感想文受信。日本語なので大丈夫なんだけど、薄い青ペンなんかで書かれていると、見えにくくて、頭に入らないので、「ええぃ、活字にしてしまえ」と思ってやり始め、先生に送信したら、「そこまでしてくださったなら全員分送ります」と、29人分の手書き感想文が一挙に集まりまして。
 「ええぃ! ついでじゃあ! 」と、夢中で活字に起こしていたら、余白1センチの10.5ポイントで15ページになったのであります。それでも頭に入らないので、要約して一人ひとりにコメントを書き加えてみたら、6ページになりました。黒ヤギさんはTヤギさんにそれを送信したところ、「良かったら、学生全員に一斉送信できますよ。」

 黒ヤギさんもちろんOK! かくて、私と台湾大学の学生さんたちの、ゲンに関する感想交流が開幕。これからが楽しみです。

 で、すっかり午後関西からの記者さんの訪問(は覚えていた)があるので、掃除をしなくてはならないことを忘れていたのでした。お茶菓子の用意も出来ず、結局父の日に貰った長崎カステーラの残り一切れだけの接待となってしまいました。
 ゲン週刊金曜日(50%).jpgあっちこっちから、木曜日なのに「金曜日が届いたよ」というメールを貰い、その対応も出来ず、今日のこの時間になりました。今日は金曜日。全国の書店に並ぶはずです。

 記事を書いているHさんは台湾在住の日本人フリージャーナリスト。この2年間、ずっと色々な意味で支えてもらいました。Hさんを紹介してくれたのは、北京の燕ちゃん。私は友人知人を使い倒して生きているのです。

 亜洲週刊 準巻頭表紙.jpgホント! お付きあいくださっている皆様にはご迷惑のかけっぱなし。Hさんはもちろん台湾の出版発表会や大学での講演会では色々日本のTV取材陣にまでお世話いただき、本当に台湾に足を向けて寝られない・・・けど、足向けたら北枕だから、そんなことしません。
 Hさん、香港で発行の亜洲週刊(50%).jpg亜洲週刊にも書いてくれました。表紙にまでゲンが現われ、準巻頭扱いです。世界に散らばっている、繁体字を読む華僑の方々にも読んでもらえるそうです。これでジワジワと大陸へ。多くの皆さんに助けられてここまで来ました。皆さんに深く深く頭垂れます。皆さん有難うございました。

 5月23日。沖縄の慰霊祭をTVで見ながら。
posted by Hiromi at 06:46| 愛知 | がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月19日

可愛いお洋服だね


 A、1歳9ヶ月になりました。育児の都合で引っ越しをすることになり、たった一人の祖母ちゃんが2泊3日のF市出動とあいなり、昨夜帰宅しました。いたってご機嫌な子供で、私は疲れることもなく、付添って、あのね.jpg地域子育て支援センターに行ったり、児童館に行って、却って勉強をさせてもらいました。いつでも保護者が付添っていれば、自由に利用できる施設で、F市には12ケ所あるそうです。ピンクの可愛いエプロンをした保育士さん?なのか、少々年配の方々の見守りもあるので、とても安全です。お弁当もたべられるし、一日中いてもOK。若いママたちも育児孤独に陥ることもなくママ友とお喋りが出来てるようでした。

 児童館のお姉ちゃんと5.jpg児童館では土曜日だったので、小中学生も遊びに来たり、スポーツをしたりしていて、さすがに1歳児はいませんでした児童館のお姉ちゃんと1.jpgが、小学2年生の女の子たちが自然に寄って来て遊んでくれました。ペットボトルとセロテープの使い切ったので輪投げをしたり、トイレットペーパーの芯で色々な形を作ってくれたり、転がして遊んでくれ、感謝感謝でした。

 子育て支援センターへは、先日初めてママと行ったそうです。他の同じ歳ぐらいの子と遊びたい玩具の場所が重なって、あわや取り合いの喧嘩になるかと思った時、Aが突然「こんにちは」と言い、ポカーンとしていたら、続けて「可愛いお洋服だねぇ」・・・で、その場がおさまったとのこと。Aにしてみれば、ママにいつも言われていることを、ふと、たまたまのタイミングで言っただけのことでしょうが、大人だと、まず言えないでしょうね。

 今日の午後2時から「元海兵隊員による残虐な蛮行を糾弾!被害者を追悼し海兵隊の撤退を求める県民大会」が、那覇市奥武山運動公園陸上競技場で開催されました。 ライブの中継を少し見ましたが、この大会に関して、在日米国大使館が、「平和的であるように意図したデモであっても、対立的になり、暴力に発展する可能性がある」と、米国人に対し会場周辺に近づかないよう在日米国人向けにウェブサイトで発表しました。

 大人はどうしてこういう " 対立構図 " でしか物事を見られないのだろう。どうして「こんにちは」と近寄って、一緒に問題の解決を考えないのだろう。事件がもっともっと悲しくなりました。

 甚平160616.jpgAに、大急ぎで作ってお土産に持って行った大き目の甚平を着せたら、猫のTシャツ.jpg脱ごうとしない。やっぱり「可愛いお洋服」が好きなんですねぇ。実は今日私も若い男性に言われたんですよ。チャイムが鳴って出て行ったら、父の日のプレゼントを届けに来た宅配のお兄さん、思わず私のTシャツを見て笑ったのです。「可愛いい服ですねえ!」。嬉しかった!

 今日は日本各地で抗議のデモが行なわれ、名古屋でもデモと集会があったはずですが、 出かける体力がなくなり、ネット中継参加にしました。申しわけなかったです。 
posted by Hiromi at 17:55| 愛知 ☔| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月15日

紫陽花のおみやげ

 「やごと朗読バンド」練習日。6月7日の音声表現研究会に参加できなかったことをとても残念に思っていたけれど、ありがたいことに、報告者のAさんが、レジュメを送ってくださった!! 5月25日に「NHK発音アクセント新辞典」が18年ぶりに改訂発行されて、衝撃的にアクセント記号まで変わったのです。それで、今回のバンドの練習は、皆でレジュメを参考にしながら新辞典の勉強しました。
 半年ぶりにSさんが出席して拍手! 7+1。欠席は1人のみの賑やかな会になりました。

 夕方はテッカイの会議。議案を作ったり、8月の総会に向けてのチラシ制作など、どれだけ時間があっても足りませぬ。明日から3日間の出張?
posted by Hiromi at 22:06| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月12日

大陸と台湾

 「はだしのゲン台湾の巻」の記録をやっと書き終えました。途中で一番感動した、「原爆展」のことを抜かしていたことに気がついたり、表現をあちこち訂正したり、行きつ戻りつなので、読む方も大変よね。これは自分の覚え書きでもあるので、ゴチャゴチャはお許しを。記録って本当に便利なのです。なんだったっけ、いつだったっけ、何をしたんだっけ・・・はしょっちゅう困ってブツブツ言っているので、ブログを探して『あぁ、そうだった』って思い出すことがとても多いです。

 人の記録は長いと読みづらい。「字が多いからザーッと見て読み飛ばしたよ」と正直に言ってくれる友人もいます。ザーッと写真を眺めてもらうだけでも嬉しいです。
 メーテレの放送も色々な方から「見たよー!」と、報告を受けました。ゲンの新たな目標に向けて、メディアも同志。助けてもらいながら進みます。

 9日の日に、端午の節句だからと、チマキをたくさん持って来てくれたSさん。中国についてのアドバイスもいっぱいもらいました。「中国と台湾」と言ってはいけません。台湾は中国だから。「大陸と台湾」は良し。「両岸関係」という表現も多用されます。大陸に向けての出版登山開始! 諦めない。
posted by Hiromi at 21:20| 愛知 ☔| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

はだしのゲン台湾の巻G 無事帰国

【6月8日】

<順調に終わる>
 取材班は4日に帰国して、もう放送されたか、編集に入っている頃でしょう。私たちとて、それほど緩やかな旅でもなく、動きまわった台北です。最後の朝は2時にモーニングコールを頼んで、3時に予約タクシーに乗車。飛行場には4時前に到着。又重量オーバー分を払って、何のサービスもない飛行機に無事乗り込みました。エアコンが効きすぎで「寒い寒い」とミサヨさんが震えているので毛布を頼んだら、「売っていますので、買ってください」には目が飛び出ました。もうコンリンザイこの航空会社には乗らないことにしました。ただ安いだけには落とし穴。

 ミサヨさんは、今まで啓治先生とあちこち海外旅行をされていますが、いつもテレビ局の番組のためで、ただ先生の健康管理のために付添っていたようです。一流ホテル泊。すべてお膳立てが出来た旅行で、私のお供を決心したばかりに、トンでもない貧乏旅行をさせてしまい、申しわけなかったなと思います。ごめんなさいね、ミサヨさん。名古屋の夜から9日間、片時も離れずビタッとペアで過ごした私達。いつの間にかゲンと隆太化してしまって、私がひどい冗談を言って傷つけたかも。ごめんなさい。

 でも、本当によく笑った楽しい旅でした。願わくば、次回は大陸を走り回りたいね。(完)

<追記>
 セントレアについたら、メーテレのMディレクターが、ラフな半ズボンとシャツで迎えてくれました。午前中遠足文化FB.jpg休みなので、荷物が多いから手伝おうと思ったのだそうです。名古屋駅まで荷物持ちをしてもらいました。本当に優しいディレクターさんです。ミサヨさんときしめんを食べて新幹線のチケット売り場に来て、ハタとスーツケースを店においてきてしまったことに気付きました。甘やかされると、こういうオバサンになってしまうの巻でございました。お粗末。
posted by Hiromi at 14:22| 愛知 ☔| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

はだしのゲン台湾の巻F宮廷料理

【6月7日】

<宮廷料理と貴婦人>
 11時にミッキーさんのお迎えがあり、「脂ニ菜」という宮廷料理の店に連れて行ってもらいました。博達のフィリップ社長のお母様(86歳)が日本語が話せるので、是非一緒に食事をしましょうということになって。86歳ってどれくらい腰が曲がってるかな? 日本語はどれくらい覚えておいでかな? と、かなり心配しいしい、立派なビル(エルメスだの、グッチだの、よう知らない高級店がお城のような風情で入ってる!)の上階に。入っただけでも気後れがするんだけど、じきにフィリップさんが現れ、しばらくしたら、美しい女性が一人でスタスタ入って来られました。えーーーっ! 86歳だって? どうみたって70代よぉ。華やかなワンピースにおしゃれな黒のカーディガン、サングラス。傘まで花模様です。


 日本統治時代の女学校を卒業。お父さんは医師。お母さんは銀行家の娘さん。9人兄妹で豊かに暮らして来られた様子。あぁ、どうりでフィリップさんが銀行もやってるって仰ってたんだわ。一族の経営のようです。
 お母さんの祖父の祖父はオランダ人で長くオランダで銀行の仕事をしていたのだそうです。「この息子は32分の1オランダ人ですよ」と流麗な上品な日本語でにっこり。なるほど、フィリップさんはどこか西洋の顔つきだし、お母さんも肌が白い。社交家で熱心な仏教徒。好奇心旺盛で、今も女学校時代の友達と、新しいレストランが出来ると、まっ先に出かけて試食するのだという。毎日日本の朝ドラを見ていて、ここんとこ1週間見ていない私達が、「ととねえちゃん」のストーリーの展開を訊いたら、スラスラと教えてくださった。ととねえちゃんはまだ結婚にいたってないと。


 「宮廷料理小.JPGゲン」は、フィリップさんにアマゾンで日本語版を買ってもらって、第1巻と10巻を読んで真ん中は読んでないので、これから読むのだそうです。怖いところは目を瞑って飛ばしたと笑う。途中で携帯電話に出て、中国語で話していて、最後に「love you  bye! 」「アメリカにいる妹からかかりましたの」・・・。
 台湾のオランダ統治時代って、日本で言えば江戸時代でしょ?ほんのちょっと前のことのように話されるし、客船で九州一週した話、京都を訪れた話など、まるで美智子皇后がお茶目でお喋りで、うーんと気さくになったような方でした。

 なんという奇跡。北京でミッキーさんと出合ったことが、ここまで繋がったのです。私はこの会社に、引き続きゲンの大陸進出をお願いする決意をしました。

<本を送ってもらう手配> 
 ミッキーさんに銀行までつきそってもらい、台湾ドルに換銭して全10巻を、規定の献本外に、新に日本に送ってもらうよう、二人で遠足文化出版社に送金しました。あと1ヶ月くらいしたら届くでしょう。楽しみです。

<最後の食事>
 ミシュランレストランの料理は、さすがに美味しかったです。

 私達の最後の夕食は回転寿司を食べようと決めていたのですが、日本人的にはイマイチだったので、麺の店に鞍替え。例によって、二人で一椀。店員さんは、たどたどしいけど日本語でにこにこと対応してくれます。パパとママかが日本語を教えてくれたこと、祖父母はずっと日本語を話していたこと、私達の質問に答えてくれました。T先生に台湾は世界の縮図と教えてもらったけれど、実感しました。
posted by Hiromi at 11:17| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

はだしのゲン台湾の巻E 最後の一日 

【6月6日】

<故宮博物院>
  二人だけの冒険日。故宮博物院に行きました。沖縄にいた頃、母とツアーに入って来たことがあるけど、随分立派になっていました。1924年に馮玉祥が溥儀を紫禁城宮殿から退去させ、宮殿内で清朝が持っていた美術品などを一般公開したのが始まり。その後戦火や日本軍から守るため上海経由で南京に運ばれた。
 1937年に日本軍が南京に向けて進軍。所蔵品は再び四川省の巴県・峨嵋山・楽山の3カ所に避難。
第二次世界大戦後、重慶を経て再び四川省の巴県・峨嵋山・楽山の3カ所に避難。第二次世界大戦後、重慶を経て再び南京・北京に戻された。最後は国共内戦のため1948年、精選して台北へと運んだ・・・

 数奇な運命を辿った宝物たち。確かに中華文明の神髄と目を見張らされますが、広すぎて、多すぎて見切れません。2時間ほどでくたびれ果て、外に出ました。

<士林>
 士林でタクシーを降りたら、誠品書店の士林支店が目に飛び込んだので、入ってみました。Oh! あるある。ワンピースとゲンが並んで売られていました。食事は抜くことにしていたけど、惣菜を色々計り売りしている店が目にとまり、欲しいおかずをあれこれ言ってチョロッと買いました。私があんまり少しずつ注文するし、店員さんが御飯をよそいかけたら「御飯は要らん」とビシッと言うので、ミサヨさんは恥ずかしいやら申しわけないやらと、上品に小さくなっていました。そんなんさぁ、はっきり言わなきゃ生きていけんよ。二人で300円ほどの食事でしたわい。

誠品書店士林支店で小.jpg 「士林」からは地下鉄でホテル最寄の「台電大楼」下車。あれっ小.JPG台湾電力のビルの駅です・・・。そんなことより、地下鉄の電車の中で見た広告にびっくり。あぁ、ここは台湾なんだと、しばらく信じられない思いでした。クイズですけど、気がつく人は気がつきますよね。
 帰り道のきれいなスーパーでお土産を買いました。今までお土産を買う時間もなかったもんね。夕刻Hさんが「週刊金曜日」に書く記事のために、追加のインタビューがしたいと、ホテル来訪。二人で対応してゆったりしていたら夕飯時になり、面白い店に案内してもらいました。素食屋と言って、野菜ばかりで作った料理のバイキングで、レジで重さを量ってもらって料金を払うシステムです。美味しいし、安いし、面白いのだけど、何もかも一つのお皿に盛るのがちょっと難点かな? 学食みたいな感じ。


 今度は美味しいかき氷の店に入り、マンゴーミルクのカキ氷を注文しました。バイク群小.jpg日本だったら、軽く1500円~2000円はしそうな、マンゴー一つ盛り付けた皿。極めて美味でございました。帰り道で回転寿司の店を見つけたので、海に囲まれた台湾の寿司ネタはどんなもんじゃろのう・・・と、明日の最後の晩餐にすることに。
 残すは一日。ぼちぼち荷物整理開始。
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posted by Hiromi at 10:53| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月11日

はだしのゲン台湾の巻D 宣蘭の旅

  【6月5日】
<宣蘭の旅>
 朝8時にミッキーさんが迎えに来てくれました。運転手さんは、博達社のフィリップ社長さんの小学校の同級生とかで、社長さん計らいの贅沢な旅行。最初はお天気が良かったのに、又すぐ雨。でも空気がきれいで、小一時間のドライブで目に写る緑の景色が美しい。

★国立伝統芸術センター 
 伝統の金工芸を見たり、伝統オペラを楽しみました。野外劇場なのでとても暑かったのですが、ミストが四方から噴出す観光客サービスで、なんとかやりすごせました。広すぎてまわりきれません。
宣蘭飴作り実演小.jpg 宣蘭通り小.jpg 宣蘭野外ステージ小.jpg 

 設治記念館

 日本統治時代に、西郷隆盛の長男西郷菊次郎が、初代宜蘭県長をしていた時の官邸です。東洋と西洋の溶け合った建築様式で、日本人には違和感のない建物。沖縄に住んでいた時、ロータリー倶楽部の奄美大島大会があり、私は那覇地区の夫人たちと沖縄舞踊やエイサーを踊ったことがあります。台湾からも大勢参加があり、拍手でお迎えしたことを突然思い出しました。西郷隆盛が暮らしていた家も、彼らと一緒に観光したのですが、その時は、台湾の人たちの想いに心を寄せることなんて、まるでなかった無知な私でした。こうして外へ出てみると、自分はどこから来た「人間」か、立ち位置を自覚させられます。

 宣蘭西郷菊次郎小.jpg 宣蘭抗日集団分布図小.jpg 宣蘭説明ルーム.jpg 宣蘭設治記念館庭2小.jpg 宣蘭設治記念館庭1小.jpg 

動画映像 http://www.yilanwalker.com/AAVSEQ05.htm

★昼食

 宣蘭伝統料理1.jpg宣蘭伝統料理2犬.jpgタクシーで雨の中をグルグルまわって、フィリップ社長さん推薦の農村のレストランをやっと見つけ、珍しい伝統料理を頂きました。庭先の出口に犬が寝そべっていて、のどかこの上なく、ごくごく普通の台湾の民家風の建物という事でした。自分ではいくら観光案内を見てもこられないところだね。



★蘭陽博物館宣蘭蘭陽博物館.jpg

 とにかくデカイし、奇妙な外観で驚く。宣蘭の自然や暮らしの歴史がなかなか魅力的に展示されていました。


★帰途

 帰り道は高速が混むので、海岸沿いを走りました。お天気がよければ夕日が美しい時間。それでも海の景色は清々しい。運転手さんが「この辺りに原発があります」。あ、問題になっている「核四」か。小出裕章氏の台北講演をYouTubeで見たばかりだから、観光気分は吹っ飛びました。立派な家が目立つのです。補償金で建てた漁師たちの家々か・・・。原発は村を二分し、家族ですら人間関係を壊され、ハコモノだけが燦然と輝く。台湾の反核グループは海岸線を徒歩で一周して訴え、アピールした。これもYouTubeで見たから、『あぁ、この辺りも歩いたんだなぁ』と感慨深い。沖縄には原発はないと思っても、石垣島はすぐお隣なのです。台湾と日本は一蓮托生です。


★夕食

 ホテルに送ってもらって一休みしてから、街へ。昨夜見つけておいたラーメンの店に入りました。ラーメンと言っても素麺のようで、薄いあっさり味を二人で一杯。焼き餃子も一皿。二人で200円ほどの身の丈にあった夕食也。実際ご馳走ばかりいただいていたので、狭苦しいお店の一角で久々に庶民に戻れた夕食でした。

posted by Hiromi at 22:17| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

はだしのゲン台湾の巻C 101観光と台湾大学日本語劇


 【6月4日】
<台北101ビル観光>
 4日目にしてやっととれた自由時間!10数年ぶりの海外旅行だというミサヨさんは、台湾の観光案内雑誌もしっかり買って持っている!今日こそあの有名な101へ行こう! 
 タクシーの運転手さんが台湾は地震と台風が多くて日本と一緒だと笑う。私達が訪台する直前も震度4の地震があったらしい。日本人と大陸からの観光客の違いも率直に話してくれて、楽しい車中でした。

 101前小.jpg 101撮られた写真小.jpg 展望台1小.jpg 展望台2小.jpg 展望台テレサテン小.jpg 
 あんまり大きなビルで、入り口を間違えてグルグルしたけど、何とかチケットを買いました。エレベーターに乗り込む前に、絶対に通らなければならない所に足型が描いてあって、踏まされ、写真を撮られました。何かの安全対策かと思いきや、エレベーター待ちのラインで、ふと上を見上げれば、さっきの二人の写真がTVで放映されていました。つまり、気に入ったら写真を買いなさいってことね。ふたりとももちろん「やだぁー!」
 総高508メートル。世界最速分速1010メートルのエレベーターで91階の展望台に行きました。台北は緑の山々に囲まれた、美しい都会。テレサ・テンがロビーのビデオTVでずっと歌っていました。大陸からの観光客が、総統が変わってからかなり減ったそうだけど、なんのなんの、大勢賑やかにあちらこちら。東西南北をぐるりと回って、珊瑚などの売店には2人とも目もくれず、さっさと下界へ降りました。

 バナナラムネ小.jpgビル1階のスーパーでバナナラムネを仕入れて一息つく。通りに出たら、卒業式帰りの女子学生たちがポーズをとってくれました。101前の卒業生たち小.jpg
 早々に帰りのタクシーを拾ったら、すぐ「ひとり酒」がかかるので「あれ? 運転手さん、吉幾三好きなんですか?」って訊いたら「日本のお年寄りが乗ったらかけることにしているよ」。ミサヨさんと爆笑のエンドレス。台湾の有名な女性歌手と男性歌手がカバーして、ヒットしたので、台湾の人たちは、この曲が好きらしい。悪いけど私は演歌が好きじゃない。又爆笑。

<台湾大学で日本語劇>

 ホテルと大学近くの、やはり昔日本人が使っていた家を、再利用したレストランで、T先生ご夫妻と昼食。畳と下駄にはびっくり。続いて台湾大学へ。広大な敷地は日本統治時代の帝大、古い建物が独特の雰囲気をかもし出しています。
T先生ご夫妻と食事1小.jpg レストラン玄関で記念写真小.jpg の台湾大学広大な敷地.jpg
大学の散歩犬.jpg 大学内散歩2卒業式の男子学生.jpg

 日本語文学科の3年生の学生たちの、学生生活最大の恒例演劇公演は今年で20回目だそう。T先生のお誘いを受けて鑑賞。毎年、1年くらいかけて自分たちで脚本、演出など全てをやる。今年は「下妻物語」。ロリータとヤンキーの二人の女子高生の友情物語で、深田恭子と、土屋アンナで映画化されたもの。私は見たことない。司会は袴姿の女子学生。プログラムは冊子になっていて、まーあ、びっくり。面白かった! 若者の日本理解の世界には、日本のお年寄り?!は驚くばかりです。

 公演司会の和服学生.jpg 下妻物語プログラムより1小.jpg 下妻物語プログラムより2小.jpg 
 終演後、脚本を書いた学生と記念写真を撮ったけれど、彼女は普段もこの衣裳公演終了後の脚本を書いた学生と小.jpgで登校しているそうです。ゲンの講演を聞いてくれたのは、皆、この3年生たちです。大いに刺激を受ける公演でしたが、日本人のH先生が、「今夏日本に帰ったら急遽予定を変更して、広島に行くことにしました」と仰いました。私達の講演は、学生たちにも、若い先生たちにもちょっとは影響を与えられたようです。


<夜市>
夜市の刀削麺ロボット小.jpg夜市で二人で一つ小.jpg今日こそ二人だけの夕食だぁー。ホテル近くの夜市へ繰り出して、二人で一椀の刀削麺と一杯のジュースを楽しみました。ここの刀削麺はロボットが削っていました。少々お疲れでホテル帰還。
    
posted by Hiromi at 19:00| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

はだしのゲン台湾の巻B 反核ママ連盟と記者発表会

 【6月3日】
<反核ママ連盟にて>
 いつもメモをとる習慣の私だけれど、ミサヨさんに何かあったらいけないという責任、各所への心配り、通訳の方への負担をかけてはいけないという自制、雨傘が手放せない・・・などで、なかなか落ち着かず、全く記録をとってません! 頭に残っている記憶だけで書いています。

 ただ、31日から続いている撮影や、どこをどう走っているのかさっぱり不明の台北市内移動の小ぜわしさもあり、アラ70の二人は、実際、疲労のピークに来ていたと思います。取材陣が察してくれて、今日の朝一の出版社及び読書共和国訪問は、直接私達のインタビューはないので、休んでいるように提案してくれました。そして、直接、私達は先に11時からの反核ママ連盟陳理事さんのオフィスへ行くことになりました。Hさんが取材を兼ねて、通訳として付き添ってくれます。面会した陳女史は、以前、ニュースキャスターをしていたという、有名な方なので、YouTubeでもいっぱい見られます。
反原発の歌も有名な歌手たちが歌っています。
台灣媽媽監督核電廠聯盟協會

ママ連盟反核Tシャツ.jpg さすがに立て板に水。たまたま今日の新聞に出た原発にとっての危険な状況を熱っぽく語りました。核の恐ろしさ、原爆の恐ろしさ、戦争のおぞましさ。それらに対する国の感性は国の歴史、成り立ち、生い立ちによって、微妙に差異があると思いました。統治された歴史や現実はそこここに足跡を残しているけれど、近々に大規模な戦場の記憶がないので、彼女たちは一途に原発を止めたい。それはお土産にもらったTシャツに刻印されていました。母親たちの毅然とした原発反対の魂をジンジン受け止めたひとときでした。
ママ連盟陳さん2.JPG ママ連盟陳さん1.JPG ママ連盟陳藹玲さんオフィスで.jpg

 遠足文化社と読書共和国の取材を終えて私達に合流するはずだった取材陣、道路の渋滞で到着が大幅に遅れました。午後の予定が迫っているので、取材はほんの挨拶程度になってしまったけれど、私は何とかHさんに早くからアポをとってもらっていた連盟に面会できた事は、女性同士として心強い出会いになりました。もちろん、陳さんはゲンを既に5巻まで買って読んでいました。感謝。この団体の運動の成果と、ゲンを広めてくださることを願っておいとましました。

<記者発表会にて>

取材クルーと合流して近くのレストランで昼食をそそくさととり、いよいよ今回の訪台の最大の目的たる記者発表会の会場へ。誠品敦南書店の地階に120人定員ほどのシアターがあり、そこで発表をしてから、ゲンのアニメを昼・夜、2回上映するという段取りで、書店の皆さんが随分前から準備していました。
予め原稿は送信していましたが、通訳の徐さんが区切りのいいところで切っては通訳してくれました。
記者発表前の打ち合わせ小.jpg 記者発表会場でミサヨさんとFさん小.jpg 記者発表の郭編集長小.jpg 記者発表会入り口のゲンの山小.jpg 記者発表会ゲンたちに敬礼小.JPG 


 まずは讀書共和國の郭社長の挨拶。にこやかな静かな作家のような風貌の方。次はミサヨさん。夕べホテルで何度も練習したので、通訳との打ち合わせもしっかり出来て、バッチリでした。次に・・・私はいったい誰でしょう?何で広島の人でもなく、名古屋から来たのでしょう? 簡単に北京で仕事をしていた時に若い友人が大勢できて、6人の中国人と1人(私)の7人の翻訳チームで9年かかって完成させたことを説明しました。

 続いては台湾の反原子力派の国会議員や党の秘書、 親子教育の専門家、反原発の博士など、堂々の演説。質疑応答もほとんどなく・・・いや、すぐに記者たちに囲まれて取材を受けました。質問は、やはりミサヨさんに集中します。日本の新聞社の支局長さんも来ていて、熱心に聞いてくれました。後で分かったことですが、会場を笑わせていた議員は「今議会が暇なので、ゲンを1冊ぐらい読めると思って読み始めたら、止められなくて、5巻読んでしまった」と言っていたそうです。

 ミサヨさんインターネット取材小.jpg3時半から、すぐ近くの喫茶店に移って、インターネット雑誌の取材。これもミサヨさん。予め質問用紙にちゃんと記入して、ホテルで何度も答えの推敲をし、それでも「嫌だ嫌だ」と言っていたのに、ちゃんと、しっかり答えていたのには、さすがと感心しました。外で兎のぬいぐるみを持って写真を撮ったそうです。それがこのインタビュアーのサイトのトレードマークらしい。啓治さんが守ってくださって、万事しっかりこなしているミサヨさん、だんだん私と悪友?になってふざけ、ゲンと隆太化しています。(時々ひどいこと言ってごめんなさいね)。
 会場のシアターでは、午後と夜、2回アニメ上映が行なわれました。台湾大学の学生も、講演の中で案内をしたので、続きが見たいと言ってきていたそうです。

<読書共和国主催夕食会にて>

 読書共和国の社長主催の晩餐会小.jpg梅子餐廳という、滞在日本人に人気というレストランに招待を受け、8人のテーブルで、またまた大ご馳走を頂きました。後から考えると、もっともっとお話がしたかったのだけれど、食材や料理の話題についついなってしまい、通訳も必要なので、突っ込んだ話しが出来ませんでした。でも、編集長さん、販売部長さんなど、チームを組んで弾丸の如く仕事をしてくださり、私達を大切にもてなしてくださっている事はひしひしと感じました。多謝!

 帰りのタクシーの中で、ミサヨさんが社長さんに、「ゲンのどこが一番良かったですか?」と、質問したら「友子が亡くなった場面のゲンに感動した」と答えられました。もっともっとお話したかったなぁ。

posted by Hiromi at 12:52| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月10日

はだしのゲン台湾の巻A 台湾大学で講演

 【6月2日】
<台湾大学にて>
 卒業式を明後日に控えた学生たち.jpg今日の大仕事、台湾大学で講演。まず、大学の図書室に日本語版のゲンを寄贈していたので、先生の研究室と合わせて見せてもらいに行きました。今、たまたま図書館の工事中で、小部屋に入れられていましたが、学生たちは自由に読めるようになっているそうです。
 廊下では卒業式が目前で、記念撮影をしている学生たちを見かけました。


T教授の研究室でポスターを撮影するメーテレ.jpg T先生ゲンの説明中.jpg 台湾大学2.jpg

 T先生にお目にかかりたくて台湾行きをお知らせしたら、「僕の授業で話しませんか」→「どうせなら講演台湾大学學術講論會ポスター.jpg会にしませんか」と話が大きくなり、嫌がるミサヨさんを「若者に知ってほしいでしょ!ちっちゃな教室だから、大丈夫!」と、私が騙くらかすカッコウで、大きな階段教室に挑みました。タイトルは「原爆と戦争の災禍をいかに伝えるか−『はだしのゲン』からのメッセージ」」。立派なポスターまで作っていただきました。
 あぁ、ここでも事件が勃発したのでした。昨日先生に渡しておいたゲンのアニメのDVDが、先生のノートパソコンでは写ったとのことで、私はホテルにパソコンをおいたままで出てきたのでした。スクリーンは左右に特大サイズに備えられていて、とても立派な教室。

 ところが、DVDの商品仕様の関係か、写らない!! 最初にアニメ前半、原爆が落ちるまでを上映してから、二人で協力して話しを進め、その後3つの短いDVDを計画していました。その一つは、「広島 愛の川」が、昨年の8月6日に、ドームの前の河原、灯篭流しの会場で大合唱がされたもののまとめを作曲者の山本さんに送ってもらっていたので、最後に私達の気持ちを代弁するものとして紹介して、感動的な締めくくりにするはずだったけど・・・、翻訳者の会の悪夢が甦り、肝心のゲンのアニメが講演会場のデスクに埋め込みの立派な機械で写らない!
台湾大学4.jpg
 雨の中、学生さんが自転車でホテルの部屋に飛び、ノートパソコンを持って広島愛の川 放映中2.jpg来てくれました。でも、先にプログラムを進めて時間稼ぎをしたので、アニメは最後に上映。途中で皆さんが必死で一生懸命あれこれやってくださり、私も講演途中で「どなたか、ITに詳しい方、助けて下さい!」なんて。

 終わってみれば、汗だくのエピソードを笑って話せる、楽しい想い出になるのだけど。ミサヨさんも、アドリブで話をふって時間稼ぎをした私に、広島 愛の川 を上映中.jpg踏ん張って対応、ピンチ脱出。まあ、何とか2時間ちょっとの講演を二人で乗り切りました。大学関係者の皆さんに感謝です。T先生、落ち着いていらしたけど、内心ヒヤヒヤされていたことと思います。ご心労、すみませんでした。

<誠品敦南書店にて> 
 研究室で、先生に手配していただいたお弁当をかき込んで、いよいよゲンが売られている書店に。朝からずっと雨で、移動は常に傘をさしていました。
 午後1時から誠品敦南書店。レジのすぐ横の新書コーナーに山積みになっていて感動!はぁ〜やったーーーっ!  
遠足文化社徐さんと坂東+ミサヨ.jpg 誠品書店メーテレMディレクターの荷物持ち姿.jpg レジ前のもっとも目立つところ.jpg レジのすぐ傍のゲンの山.jpg 夏目漱石逝去100年.jpg 喫茶店もある素適な書店.jpg
 ずっと同行してもらっている、現地在住20年の、日本人ジャーナリストのHさんの説明では、この書店は台湾でも有数の大きなチェーン店で、24時間営業。大陸からの旅行客が必ず寄るのだそうです。ここで買って大陸へ運ばれる「ゲン」もきっと出てくると確信。希望がわいてきました。Hさんにはここ2年ほど、本当によく情報をもらい、又細やかなお手伝いをしていただいて、私の大きな支えになってきました。感謝あるのみです。

<原爆写真展にて>
 又傘をさして閱樂書店松菸店へ移動。
今回の台湾でもっとも感動したシーンの数々です。広島の平和資料館から借りた写真とゲンの場面を並べて展示。漫画が全くの事実に基づいて描いてあることを証明しています。又、被爆証言をしている中沢啓治氏のビデオ証言をずっと流していました。ここまでやってゲンを理解しようとしている出版社の皆さんの魂に触れる思いで、涙があふれてきました。有難う。有難う。何回言っても足りないほどありがたく思いました。
 あーぁ、頑張ったかいがありました。20代のスタッフ7〜8人がチームを組んで、討議を重ねて展示会場と日程を設定したとのこと。9日が端午の節句で休みになり、若者が大勢ここに集まること、ここが日本統治の頃、保育園として使用されていたことなど、計算しつくされた展示だったのです。
閱樂書店原爆展1小.jpg 閱樂書店原爆展4小.jpg 閱樂書店原爆展5小.jpg 閱樂書店原爆展9小.jpg 閱樂書店原爆展6小.jpg 閱樂書店原爆展7小.jpg 閱樂書店原爆展8小.jpg
 「ミサヨさん! 先生がお話されてるよ!!」と、ビデオを見つけてミサヨさんを引っ張ったときの彼女の顔ったら!!「ゲンを描いてた頃だから、40代よ。若かったわねえ・・・」と、ニコニコ嬉しそう。素晴らしい時空でした。
閱樂書店原爆展2小.jpg 閱樂書店原爆展10小.jpg 閱樂書店原爆展11小.jpg閱樂書店原爆展13小.jpg閱樂書店原爆展12小.jpg 

 <印刷工場にて>
 続いて、これから出版する5巻から10巻を印刷中の工場へ行きました。UV印刷と言って、紫外線の原理?で、速く乾く特別な印刷をしていて、後半5巻分の印刷を急ピッチでやっていました。表紙を担当した「霧室」の二人も待っていてくれ、霧室の二人とミサヨさん.jpg御礼を言う。清冽な感じのする素適な若者でした。RCCのFさん、ここでアリバイ撮影自撮。みんながマスクをしているのは、インクの臭いのためです。私は嗅覚が弱いし、鈍感なのでそんなに感じないけど、作業の人たちは毎日大変だろうな。注意深くやっているんだろうな。


印刷所.jpg 印刷工場ミサヨさん.jpg 印刷工程5小.jpg RCC放送用自撮りFさん.jpg 印刷工程4a.jpg 印刷されたばかりの表紙.jpg 印刷工場弘美とミサヨさんとクルー小.jpg 

<著作権代理店博達社夕食会> 
 今回の出版は、昨夏、日本の著作権代理店「本の絆」社の紹介で、北京のブックフェスティバルで、台湾の著作権代理店「博達社」の、ミッキーさん(台湾女性)と巡り合えたことに端を発します。この代理店を紹介して、面会に仲介の労をとったのが東京の「本の絆」社。つまり、日本と台湾の二つの代理店にお世話になって、ようようここまで辿り着いたわけです。博達社は北京にも支店があり、日本語は全取引の4分の1、英語が60%とのこと。後はヨーロッパ圏。最近では『窓ぎわのトットちゃん』を大陸と台湾でプロデュースした、ミッキーさんのゲンへの深い関心がなければ、成功しませんでした。ミッキーさんは、「読書共和国」という名の、いくつかの出版社を傘下にもつ会社の社長さんに、直接、私と燕ちゃんが作った資料を届けてくれたのだそうです。感謝! 

 バードンの皆さんと夕食会.jpgその博達(バードン)社の社長さんが晩餐の席を用意してくださり、主だった社員の方も含めて、素適な日本庭園付きの和風の店で、創作料理のコースをご馳走になりました。台湾大学も、帝国大学でしたから、正にそうですが、かつて日本が統治していた時代の建物が多く残っていて、リフォームして大切に再生させているところが多いようで、日本から来た私達へのおもてなしに心打たれました。
 お酒が全くダメな私と違って予めお酒の種類を尋ねられていたミサヨさんは紹興酒を所望していたのですが、用意された銘柄は「蒋経国生誕100年記念紹興酒」。甘くてとても美味しかったそうです。無調法な私はこんな時は笑顔をふりまいてお喋りで誤魔化します。

 「坂東さんをよく覚えていますよ!」と、隣に座った社員さん。北京の国際ブックフェアーで、約束の時間が待ちきれず、私が博達のブースの前をそわそわと行ったり来たりしていたので、よく覚えているそうで・・・恥ずかしいネ・・・楽しい夕食会でした。

 社長さんの運転手さん付の大きな車でホテルまで送ってもらう車中、「実は、もう一つ銀行の仕事を持っています」。
posted by Hiromi at 10:43| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

はだしのゲン台湾の巻@

【5月31日】
 中澤ミサヨさんを新幹線名古屋駅ホームで迎えました。メーテレMDr+カメラマン+音声さんが今日から密着です。宿六の運転で自宅へ向かう車にもDr乗り込み。到着後早速インタビュー開始。掃除を必死でした私も可哀想だったけど、庭で蚊に刺されながら撮影する人たちも大変です。
 続いてA新聞の女性記者さんも参入。インタビューがあまり好きでないと悩んでいるミサヨさんをみんなで励ます、変な取材(笑)。

 やっと夕食。今回はまぁまぁの出来の「柿の葉寿司」と茶碗蒸しと生春巻きサラダ。予め作っておけるものばかりのメニューで急場をしのいだという訳です。Nちゃん直伝の「柿の葉寿司の研究成果やいかに。

【6月1日】
 宿六に空港まで送ってもらうはずだったけれど、Mテレさんから、一緒に車で行こうと提案があって、TV局の車に迎えに来てもらう。空港で早くも軽いパンチ。ネットで探した超格安航空券に落とし穴があり、荷物が10s以上で追加料金をとられました。普通20sまで問題ないのにね。予め申請しておけば少しは安くなったらしいけど、知らんかったわい。可哀想なのは、同じ飛行機を予約したクルーの皆さんで、搭乗後のサービスいっさいなし。Drが差し入れてくださったペットボトルの水で助かりました。(チェックインの後に購入した水はOK)

 台湾到着後、ロビーに出るまで、TVクルーの器材の持ち込みの手続に時間がかかりました。海外取材も苦労が多いんだね。広島から飛んだRCCのFさんが、ロビーでカメラを構えて待っているはずだったのに、ロビーにいない!あれれーっ?携帯で連絡とったのでいるはずだよー。聞けば私達は第一ターミナル到着だったけど、Fさんは第二ターミナルで、じーーーーっと2時間も待ち続けてくれたのでした。

 バタバタしましたが、無事合流できてやれやれ。迎えの小型バスを現地ジャーナリストのHさんが予約しておいてくださったので、皆で乗り込んで、いざホテルへ! ホテルも台湾大学のT教授が、大学のすぐ近くの大学関係者に特典のあるホテルを予約してくださった。T先生は北京で大学の日本研究センターの教授をされていたことがあり、燕ちゃんを通じて知り合いました。今は京都大学を退職されて台湾大学に赴任されています。

 夕方ホテルに迎えに来てくださって、15年ぶりの再会を喜ぶ!早速歓迎の夕食会会場へ地下鉄で向かう。プリペイドのカードの買い方、使いかたの説明を受けました。とっても気さくな優しい先生です。
 会場にはT先生夫人のKさん(15年ぶりの再会!)とS先生が待っていてくださり、噂に聞きし、美味しい台湾の楽しい食事が始まりました。

 現地に知人がいること、皆さんに色々手配していただいたことが精神的に大きな支え、安らぎになり、ありがたいことでした。

posted by Hiromi at 04:31| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月09日

10日の夕方、メーテレのUPで「ゲン台湾へ」放送

RCC中国放送.jpg ゲン書店で.jpg ゲン記者発表会.jpg
 6月1日から8日まで、『はだしのゲン』作者夫人の中澤ミサヨさんと台湾の台北市で開かれた、『はだしのゲン』出版発表会に行ってきました。多くの方にお世話になり、感動、泣き笑いの日々でした。

 とりあえずのメディア報告の案内です。明日、メーテレ夕方のニュースワイド「UP」で、特集として放送されます。又、8月15日前後に30分間、テレビ朝日系列で全国放送されます。明日はローカル速報版。
 台湾の海外著作権代理店の皆さん、出版社の皆さん、書店の並ならぬゲンへの愛を感じ、皆さんの努力と誠意に感動、感謝の日々でした。
 明日から、ぼちぼち写真とともに綴っていきたいと思います。

毎日新聞には
RCC中国放送(広島)のニュースは、ネットに上げられているので、パソコンで見られます。
http://news.rcc.jp/?i=26235#a

中国語版「はだしのゲン」の台湾メディア

1.日刊紙「中国時報」6月3日付け
http://www.chinatimes.com/cn/newspapers/20160604000457-260115

2.ニュースサイト「民報」6月4日付け
http://www.peoplenews.tw/news/a551abf3-7ed1-46cd-ab9e-56ae9d9624df
posted by Hiromi at 20:09| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする