2017年08月19日

東京で

 日本僑報社メーテレ撮影中 .jpg 昨日は東京の池袋の日本僑報社を初めて訪ねました。2月に講師に来ていただいた段さんの出版社です。偶然Mテレクルーが厚生省に取材で上京していて、終了後池袋に走ってきてくれました。こんな不思議なことありえないのに。偶々連絡してわかったことなのです。
 繫体字の中国語版をヨッコラショとお渡しし、ご縁がある所に繋いでくださるよう、よろしくお願いしました・・・というより段さんの方から「ゲンはどうなってますか?」と、心配の電話をくださったのです。感謝。
日付が変わらないギリギリに帰宅。土砂降りの雨の中、タクシーがつかまえられてラッキーでした。

 アンラッキーな話。ジパングの3割引が、お盆の間は無効で、どえらい出費になった上、アホンダラナコトニハ、更新手続きを忘れていて、有効期限内に払い込むことを忘れていたことに気がつきました。4日前気がつきゃセーフだったのに。又新規申請からやり直しだとさ。やれやれ。

 オタンコナスナコトニハ、一昨日、うっかり網戸にして外で洗濯物を干していたら、バラが網戸を開けて逃走。一夜明けたら後ろ右足を怪我したらしく、3本足でヒョコヒョコ庭を横切るではないの! 今回は倉庫の隅にYと挟み打ちにして、簡単に捕獲できました。隣の家のフェンスまで飛べないネコになっていました。骨折ではないようですが、明日姪の病院で診察してもらう予約をしました。
ジャン盆踊り寝姿1.jpg ジャン盆踊り寝姿2.jpg ジャン盆踊り寝姿3.jpg
 トンマナコトニ、ジャンは盆踊りをしながら寝ています。呼び起こしたときの連続写真を撮っている私が一番お疲れ様。
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2017年08月16日

目薬をさされました

最近読んだ中で一番ドッカーンと心臓に来たニュース。この写真は有名写真週報.jpgなので。、私も何度も見ています。で、この写真の方は今、87歳で、ご健在。
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(戦死と向き合う 戦後72年夏:5)美談演出「誉れの子」 「靖国で父と対面」、戦意高揚

20178160500分朝日新聞デジタル



 日本兵の父親が戦死したことで「誉れの子」と呼ばれた子どもたちがいた。全国各地で選抜され、東京・九段の靖国神社に参拝。「父との対面」は美談に仕立てられ、戦意高揚に利用された。戦後72年。普通に悲しむことを許されなかった遺児たちはいま、何を思うのか。(木村司、岩崎生之助)

 丸刈り頭の少年が、口を一文字に結んでいる。ほおには一筋の「涙」が光る。

 写真の少年は、小学5年の八巻春夫君。1938年、父が中国で戦死した。

 父が祀(まつ)られた靖国神社参拝のため41年3月、日本兵の遺児代表として上京。皇后陛下から菓子を受け取った。その瞬間をとらえた写真は、内閣の情報局が発行した国策グラフ誌「写真週報」の表紙を飾り、「誉れの子」の象徴的存在になった。

 それから70年余り。少年は87歳になり、山梨県南アルプス市で暮らしている。

 「お菓子をもらったときはなんとも言われない、感無量で、本当に涙が出ました。でも、撮影前、目薬をさされました」

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目薬をさされたんだーーっ!こんな世の中になるかも知れない今の日本。しっかりしてないとね。


 CD.JPG前に家に来てくださったNHKの25歳のディレクターさんが8/6に放送された名古屋第一ラジオ放送での50分番組をCDにして送ってくれました。23歳のICレコーダー 〜ヒロシマを巡る旅〜。被爆3世の23歳の大学院生と25歳のディレクターのSさんが番組の骨になっています。

 中沢啓治さんもゲンの続編で差別の問題を書くつもりだったそうですが、病に倒れてそれがかないませんでした。差別があるがゆえに、被爆者であることを隠して結婚する人が多かったこと。2世も3世も何かのきっかけで突然それを知ることになり、苦悩が始まります。大学院生は研究のテーマとして、被爆者の体験の聞き取りを続ける中で、色々なことに気付いていきます。


 ゲンには戦争の全てが描いてあると思っていたけど、差別の未来についてだけは描いてないです。放射能に対する不安や疑問が未来へ連鎖して行くことの残酷さ。そういうものに対して真正面から見つめ考えボブとティム小.jpgていく若い人たちがいることに、胸が熱くなります。良い番組でした。


 Aちゃんが大興奮して笑っていたと聞いて、このお盆に初めて知った「ミニオンズ」。ネットで調べたら、なんとも愛嬌のある風貌なので、Aちゃんのお誕生日のお祝いに作ることにしました。−・・・いや、作ってしまいました。縫ぐるみの予定でしたが、どうせならと、リュックに挑戦したのでした。ディズニーから訴えられたらどーしましょう(??)

 というか、フレーベルの恩物とかシュタイナーのお人形とかの習ったはずのテツガクは、一瞬にして明後日か一昨日の方に飛んじゃって、私も自分を笑ってしまいます。




posted by Hiromi at 22:35| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月13日

お盆

子ども5人と大人たち.jpg お盆のお参り.jpg 
 お盆。突如3年生、年中、3歳、2歳、1歳が5人登場、まーぁ・・・・・・・(笑)。バラは完全退避。ジャンだけみんなの寵愛を受けてデビューを果たしました。皆これから又別のお祖父ちゃん、お祖母ちゃんちへ挨拶に移動しますので、世の中の移動に拍車をかける訳で。戦争では、こんな姿がアッというまに悲鳴の中で消えていったんだなぁと思う。
posted by Hiromi at 13:28| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月09日

長崎88歳の朗読

 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典の市長挨拶はスーッとしました。いや、スカッ。これでなくっちゃね。被爆者代表の深堀さんの「平和への誓い」に胸打たれました。朗読も88歳だからこその訴えが漲り素晴らしかった。言葉に魂がこもっていて、心に真っすぐ刺さってきた!! 私はこんな朗読がしたいのだ。
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平和への誓い。
 原爆が投下された1945年8月9日、私は16歳。
 爆心地から3.6キロ離れた、長崎県疎開事務所に学徒動員されていました。
 11時2分、白いせん光と爆発音を感じ、慌てて机の下に潜り込みました。
 夕方、帰宅命令が出て、私は学友と2人、金比羅山を越えて帰ろうと、山の中腹まで来たところ、山上から逃げてくる多くのけが人に山の向こうは一面火の海だからと制止され、翌朝、電車の線路に沿って歩き始めました。
 長崎駅の駅舎は焼け落ち、見慣れた町並みは消えてなくなり、別世界二迷い込んだようでした。
ようやくたどりついた山王神社近くの親戚の家は倒壊していました。
その中で、家のはりを右腕に抱きかかえるような姿で、18歳の姉は息絶えていました。
あのとき、私が無理をしてでも家に帰っていれば、せめて、最後に声をかけられたのではないかと、今でも悔やまれてなりません。
そのあと、大学病院へ向かい、さらに丘を越えると、眼下に浦上天主堂が炎上していました。
 涙があふれ出るとともに、怒りを覚え、ああ、世界が終わると思いました。
ここ、平和公園の横を流れる川には、折り重なって死体が浮いていました。
 私は、三ツ山に疎開していた両親に、姉の死を報告し、8月12日、母と弟と3人で、材木を井桁に組み、姉の遺体をだびに付しました。
その日は晴天でした。
 頭上から真夏の太陽が照りつけ、顔の正面からは熱気と臭気が迫り、目がくらみそうでした。
 母は少し離れた場所で、地面を見つめたまま、ただ祈り続けていました。
たった一発の原子爆弾は、7万4000人の尊い命を奪い、7万5000人を傷つけました。
あの日、爆心地周辺から運よく逃げ延びた人々の中には、助かった喜びもつかの間、得体のしれない病魔に冒され、帰らぬ人となりました。
なんと恐ろしいことでしょう。
 私は核は人類と共存できないと確信しています。
 2011年3月、福島第一原子力発電所の事故が発生し、国内の原発は一斉に停止され、核の脅威に怯えました。
しかし、リスクの巨大さにあえいでいるさなか、こともあろうに次々と原発が再稼働しています。
 地震多発国のわが国にあって、いかなる厳しい規制基準も、地震の前には無力です。
 原発偏重のエネルギー政策は、もっと自然エネルギーに軸足を移すべきではないでしょうか。
 戦後、平和憲法を国是として復興したわが国が、アジアの国々をはじめ、世界各国から集めた尊敬と信頼は、決して失ってはなりません。
また、唯一の戦争被爆国として果たすべき責務も忘れてはなりません。
 私は1979年、原爆で生き残った有志6人で、原爆写真の収集を始め、これまでにさまざまな人たちが撮影した、4000枚を超える写真を収集、検証してまいりました。
 原子雲の下で起きた真実を伝える写真の力を信じ、これからも被爆の実相を伝え、世界の恒久平和と核廃絶のために、微力を尽くすことを、亡くなられた御霊の前に誓います。
 2017年平成29年8月9日被爆者代表深堀好敏
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 そのあとのソーリの挨拶は広島に続いて最低・・・というより、頭の中の構造がいったいどうなってるのか、まったく分からん。市長と被爆者の代表が言っていたこと、聞いてたの? ぬけぬけと何言ってんの!真面目な深刻な顔さえすれば、「嘘」にならないのか。あ、それから核の「カク」のアクセント、何度も間違えたぞ。頭高で読みなさい。そもそも私が退屈してアクセントに興味が行ってしまうというのも、まずい朗読の代表なの。

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2017年08月07日

ゲバラの長男さんが広島に来た

 めでたくジャンのトライアルが終わり、正式に貰い受けました。名古屋市に書類も出してもらいます。これからも里親の条件を満たすために色々義務がありますが、なんとか頑張ります。
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Casa del gato 里親様の条件


□持ち家またはペット可の住宅にお住まいの方

□完全室内飼いをお守りいただける方

□脱走防止対策を講じていただける方

□飼育について家族全員の同意が得られている方

□猫アレルギーのないご家族

□終生愛情を持って飼育していただける方

□伴侶動物としてのみ飼育していただける方

□先住猫さんがいる場合は避妊・去勢手術が済んでいること

□毎年、混合ワクチンの接種と日々の健康管理をしていただける方

□不妊手術をしていただける方(術後のご報告、ご報告がなければ確認の連絡をさせていただきます)

□お試し期間(約1週間)終了後、双方の問題がなければ正式譲渡となります

□定期的に近況報告をしていただける方

□医療費の一部負担をお願いします(ワクチン、ノミダニ予防、駆虫代、不妊手術費用等)


 その他、住宅環境やご家族、在宅時間など確認させていただいております。

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 プールタオル.JPG 兎プール帽子.JPG 白黒ワンピース.JPG

 ネコのママだけでなく、マゴのババでもあり、お盆の帰省を迎える準備もしなくっちゃ。バスタオルのお値打ち品をスーパーで見つけたので、プールタオルを作り、100均でピンクのフェイスタオルをゲットして、プール帽子を作りました。スマホにネットに出ていた、いくつかの帽子の候補写真を送ったら、兎を選んだそうで、挑戦してみました。あとは、ワンピース。黒白でシックすぎるけど、今時のキッズファッションはとってもおしゃれなので、ちょっと見栄を張った大人びたデザインにしました。


 今年、ゲバラの長男さんが広島に来たという話題に、あれ?って思っていたら、ゲバラ本人がかつて広島を訪れていたんだった。全く知りませんでした。

https://www.facebook.com/satoru.konishi.35/videos/707830649320900/

「20世紀で最も完璧な人間」とサルトルが言い、「世界で一番かっこいい男」と、ジョン・レノンが言ったってことも、↑のvideoを視て初めて知りました。ゲバラが広島を見て言ったことを、なぜ日本の政府は言わないのかと思います。




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2017年08月06日

ゲンは日本語で大陸へ

 安らかに眠ってください86ジャン.jpg8月6日。暑い。広島を訪れる外国人観光客がとても増えているという。広島の世界大会での『はだしのゲン』寄贈の申し込みもたくさんあったし、資料館から英語版もあらたに注文があったそうです。資料館ではずーっと売っていただいているのです。総理とジャン86.jpg

 中国大陸から、英語版や日本語版の寄贈依頼がたくさん来ています。8月6日の私のささやかなささやかな汗の一粒。大きな汗にするには、さて、どうしよう。
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★ これはなかなかいいチャンスですので、ぜひほかの日本語の先生にもお伝えしたいと思います。中国の日本語教育にご尽力いただき、誠に感謝に耐えません。

実は、私は去年の8月まで名古屋大学で研究員をしておりまして・・・

英語版もご寄贈いただけるとのこと、日本語が分からない学生でも、英語版を読むことを通して、『はだしのゲン』という日本の有名なマンガを読むことができて、そこから戦争の恐ろしさ、平和の大切さが伝わると、大変ありがたく存じます。

添付してくださった中国新聞を拝見いたしました。翻訳作業は1970年代から始まったということに感心いたしました。今後、私も何かに少しでも役立てればと思いました。

うちの大学は日本語学科の本科生は、2000人ぐらいで、院生は何百人以上います。第二言語として日本語のできる学生は、ほかの学部にもたくさんいますから、ひとセットなら、たぶんちょっと足りないかもしれません。


『はだしのゲン』の到着をとても楽しみにしております。翻訳チームの方々は中国語版を翻訳する時にきっと色々大変苦労されたと思いますので、その本をできるだけ活かしたいのです。新学期の授業で早速学生に読んでもらいたいのです。できたら、読書感想文も考えております。ぜひまた報告させていただきたいと思います。

私は、環境文学を研究しておりますが、『はだしのゲン』をずっとまえから読みたかったんですが、このたび寄贈の情報をいただき、大変喜んでおります。
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 大陸の大学の先生たちとこういうメールのやり取りをしていると、とても元気がでます。「ともだち100人できるかな」って、小学校の新入生みたいね。
posted by Hiromi at 20:47| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月05日

福島は・・・

福島 脱被ばく実現ネット からのチラシ
0725チラシ表.jpg 0725チラシ裏新.jpg 
posted by Hiromi at 23:24| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月04日

裏疎開日記を書いたこども

 8月になると戦争の話題があちこちから目に耳に入ってきます。85歳のAさんからの通信に「・・・『本当の僕らの集団疎開日記』もショックだった。集団疎開の実情は知っていたが、体験のないものには伝わらない。疎開日記に本当のことを書き直しさせられただろうとは、想像できるが、裏日記を書いたのはすごいことです」というくだりがあり、私はそれにショックを受けました。

 子どもでも、裏日記を書いて真実を吐露する知恵を持っていた! 軍国少年が生産されていた時代に。

 我が家の新米ジャンと老境にはいりつつあるバラの距離が危なくて、何が起きるか分からず、神経を使います。でも、子猫は何でも知りたい見たい。怖いものなし。テレビの中にも入りたい。
ジャンとバラの距離微妙.jpg 世界ネコ歩きとジャン小.jpg
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2017年08月03日

ゲンとジャンと

2017wc_panf.jpg "『はだしのゲン』を広める会"からの本の寄贈の呼びかけを中国大陸にしたら、北京の仲間(プロジェクト・ゲン@北京&埼玉)がPRをしてくれたようで、アッという間に、6日間で16大学から、日本語版と英語版の寄贈の申し込みが来て、忙殺されることになりました。私は例によって、口で言いつけるだけの役目で、金沢から発送実務を担当する方たちは目をまわしているはず。

 広島では原水爆禁止世界大会が今日から始まり、金沢の「広める会」、「プロジェクト・ゲン」から4人参加しています。実りある会でありますように。内閣改造のニュースもなんだか淡々と視る。わが道を行こう。

 夕食後、姪と姪孫2人、姪孫のお祖母ちゃんまでゾロゾロジャンとバラを見にめぐちゃんとジャン.jpgやってきました。ジャンについては、保護ボランティアさんが早くからハート君という名前で、ブログで写真紹介をしていたようですが、あんまり痛々しい姿だったので、姪は私がショックだろうと、ブログのことが言えなかったと白状しました。

 ジャンの最初の姿.jpgジャンが拾われた頃の姿です。家に来るまでのボランティアさんの愛情、献身に心洗われる想い。ブログにもしっかり治療の経緯が綴ってあります。
 色々なボランティアがあることを知りました。市井の中で優しく生きている人、あふれてる。
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posted by Hiromi at 23:41| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月02日

日本語で困っている

 ジャンとカメラ.jpg  ジャンと縫ぐるみ猫1.jpg ジャンと縫ぐるみ猫2.jpg

 各地でゲリラ豪雨や地震。「お見舞い申し上げます」を何度言っても足りないくらいです。
 昨8月(もう!)1日は音声表現研究会。レポート予定者が急に体調を崩し、急遽先回の続きで、T元NHKアナさんの担当になりました。ネットで朗読の論争をしている2人の朗読家についてあれこれの雑談ふうになりましたが、芥川龍之介の短編「みかん」を件の2人が朗読しているのを聴き比べました。
 出席は7人でとても少なかったのですが、その分、話が弾みました。丁寧なレポートも、もちろん勉強になるけれど、82~3歳の役者さんが2人出席されているので、貴重な収穫もあるのです。結局、いつも最後に、日本の国語教育において、音声表現がずっとないがしろにされてきたので、全国的に小学生の時から、きちんと「日本語音声表現」を位置づけるべきだという事になります。

 80歳過ぎて聴力が落ちてきているFさんは、近頃の日本語は「国籍不明。日本語でない」と断言。「イントネーションが正しければ小さな声でも理解できる」と。そして、姿勢正しくはやっぱり基本であり、先ず、呼吸法。朗読を聞いている人は、語り手と一緒に息をしているので、呼吸がたっぷりあれば、理解できる。・・・これ歌もいっしょかもね。なーーーーんだ、基本の基本じゃないの。私はアナウンスの学校で最初に先生から、「あなたはなんてだらしのない日本語を話すの?!」って言われた時の衝撃が、初めての日本語との出会いだったという話をしました。
  
 今、日本語が壊れていってる、化石化しているという話になり、次回は、アナウンスや朗読の専門の方ではないけれど、日本語で困っている、そこんところを詳しくレポートしてもらうことになりました。新鮮なテーマ。
   
posted by Hiromi at 10:48| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする