2017年08月31日

ゲンが中国で歩き始めました

  色々なにをやってんだか。宅急便の荷造りをしたり、1週間ほったらかした庭の手入れをしたり動き回っています。動き廻れる事はありがたいこと。

 中国の大学からゲンの寄贈依頼が殺到して、ひろめる会からじゃんじゃん送ってもらい、私は連絡するだけで、いい気持ちだったのですが、ゲンの贈呈費用が年間予算をはるかに超えてしまい、来年度予算が出るまで、しばしストップです。宝くじで1000万円でもいいからあてたいなぁ。そしたら、断然ゲンを世界中に送る費用にします。『はだしのゲンをひろめる会』只今会員(つまり寄付)(笑)募集中。実際のところ、私ができるのは、こんな事をブログに書くだけで情ないです。

 燕ちゃんから、中国社会科学院日本研究所の図書館に中国語版を入れてもらったと連絡があり、重いけど、何かの役に立つかもと、繫体字版1セット持って行ったのが、最高の形で役立ち、欣喜雀躍。今まで、中国語版を許可なく大陸に贈ったらダメだと思っていたので、人から人への信頼の道を通って、ゲンが北京の政治の真ん中を歩き出したことに感無量の日になりました。燕ちゃん、有難う。

 北朝鮮からのミサイル攻撃のための避難訓練のニュースが多々あり。何か虚しい。私はゲンで迎撃したい。

 バラは生存確認できてますが捕獲できないまま。ジャンのために借りていたケージを返す時期ですが、明日、保護ボランティアのKさんが、ついでがあるからとりに来てくださるとのこと。うわーっ申し訳ない。それでケージをたたんで運べるバッグを大急ぎで作りました。姪が小学校の時に着ていたジーンズのスカートが倉庫から出てきたので、それにありあわせの布を足して、エイヤーッ。
 だって、捨てられていたジャンを最初に助けたお母さんですから、感謝を伝えたいの。
ジャンの最初の姿.jpg モデルみたいなジャン.JPG 
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2017年08月30日

八事朗読バンド練習日

ジャンバンドデビュー.jpg  八事朗読バンド練習日。珍しく8+1のほぼ全員集合かと思ったら、病気などで、やっぱり突然の欠席はでますよね。でも、久々の顔も見えて、6+1は嬉しい数です。10月のステージの群読の練習で、どういう表現をするか、色々研究・・・というほどでもないけど、アーダコーダが楽しいのです。
 私はちょっと疲れています。よく休み、よくやすみましょーっと。

 ブックフェアーで見つけた、中国の子ども用の唐詩をどうしたら上手く読ませるようにできるかという本の話を土産話の一つにしました。唐詩は韻を踏んでるから、朗読するときの、発音しやすさや、聴き手の聴き良さを追及しているもの(らしい・・・)。やっぱりどこの国も小さな頃から朗読には力を入れているなと思いました。

 ジャン、デビュー。人見知り一切なし。バラと正反対の性格の猫です。バラ、まだ捕獲できず、今日の診察を諦めました。
posted by Hiromi at 19:45| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月29日

在北京8/23-28

【8月23日】

朝6時家を出発。11時半(時差1時間)北京到着。空港から地下鉄空港線で東直門駅へ。2号線に乗換え建国門駅下車。地下鉄代金28元也。途中、地下鉄の階段で二人の男性に助けてもらいました。感謝。ホテルまで暑い陽射しを受けながら重い荷物を引っ張り徒歩。国際飯店チェックイン。空港からタクシーに乗る必要もなく自力到達でき、昔に比べると本当に便利になりました。

Iさんと大望路駅で待ち合わせ。会えた!17年前、北京の人民大学で日本語を教えていらして、互い名古屋出身ということで親しくしてもらいました。あれから十ウンネン。嬉しい再会且つ自宅に招待してもらいました。次々と友人が現れ、Cさん、Rさん、Yさん、Kさん、Aさん、そして家主のIさんと、7人の持ち寄り大パーティになりました。犬のシナモンちゃんが大喜び。 


2017年8月23日北京ぱーてぃ 003小.jpg 2017年8月23日北京ぱーてぃ 004小.jpg

 「ユニークな人ばかりよ」とは言われたけれど、みんな色々仕事をしていて、話題は尽きず、北京の現状に目が点になるばかり。スマホ社会の話、車のナンバーを買う話、CRI紅白参加の話、ペットの話、アフリカ人の夫と奇妙な中国語で暮らしている(冷蔵庫の2階など)雑誌社(壱基金のアドバイス)、不動産、婚活と幅広い話題がモリモリ。名古屋人ももう一人!!北京の日本人会只今1万人。でも登録していない人が多いので、実際はもっと多い。夜9時お先に失礼しました。帰り道送ってくれたIさんが癌をほぼ克服した話。胸をなでおろしました。


【8月24日】

 人民出版社のRさんがホテルに迎えに来てくださって、車で国際展示場へ。今年は東京国際ブックフェアーが行われないので、東京ビックサイトとは比べられないけど、広――い会場。人民出版のブースは11時半からの調印式の準備に追われていました。「習近平講故事」の中国語版は、2ヶ月で110万部出たそうだけど、実際は120万部。すごい勢いで売れているようです。政府は習近平モノに力を入れています。

1.2017北京ブックフェア会場小.jpg 2.2017北京ブックフェアー入り口小.jpg  12.2017北京ブックフェア日本ブース1小.jpg 13.2017北京ブックフェア日本ブース2小.jpg 3.2017年北京ブックフェア人民出版ブース1小.jpg 9.2017年北京ブックフェア人民出版調印式3小.jpg 4.2017年北京ブックフェア人民出版ブース2小.jpg 20170824人民出版社との調印式2小.jpg 

 英語、ロシア語、日本語でも翻訳出版されるので、その版権の調印式が会場で衆目の中で行われ、日本語版は日本僑報社が出版します。日本で多忙で出席できない段さん。私はたまたまブックフェアーに出かける段取りをしていたので、代わってサインをするよう命を受け、代表の顔をして役をなんとかこなしました。正直、気が張って疲れました。おっちょこちょいもここまでくると天然モノ?心情は『皆さんお許しを』。

 帰りは地下鉄3線乗り換えてホテル帰着。陽射しは強く暑い。空気はまあまあきれいです。誰もマスクをしていません。


【8月25日】

ホテル料金が安いと思っていたら、飛行機とセットの格安で朝食がついてなかった。毎朝バイキングは嫌だからOK。ホテルの窓から北京駅が見えたので早速6時半から北京駅に散歩。懐かしい北京駅。5.825北京駅朝食小.jpg17年前とは何とはなしに人々の光景がこざっぱりしています。でも、あい変わらず大声で言葉が飛びかっています。

餃子の店を見つけたけど、一人には多すぎるので半分にしてもらって値段も半分。スーパーに入ってキュウリとトマトと梨とカップヌードル−とクッキーをゲットしてホテルに帰って冷蔵庫に入れたら、夕食もこれでバッチリの予定。

用があり、燕の巣にいくことになり、懐かしいCRI放送局近くの駅「八宝山」出口で待っていたら、お連れ合いのS先生が迎えに現れびっくり。1年ぶりの再会です。

同じマンション群だけど、少し離れたところに引っ越したので、私は初めての家。Sさんの本が多すぎて、部屋に入りきらないので広い部屋に変わったとのこと。燕に言わせると、本はSさんの玩具なんだって。

8.825ツバメの巣昼食小.jpg 10.825ツバメの巣燕と小.jpg 12.八宝山地下鉄自転車1小.JPG 14.八宝山地下鉄自転車3小.JPG  お粥と餃子とサラダとスイカと梨とブルーベリーとほおずきとおしんこと・・・理想のお昼ごはんで大満足。ついでに針仕事をさせられ、1時間半ほどの慌しい滞在でした。燕が通訳の仕事に行くのを見送り、夏休み中のSさんに地下鉄の「八宝山」まで又送ってもらう。色々おしゃべりもできました。ゲンの注文が殺到したのは、どうやらSさんの大学仲間へのネットアピールのおかげだったようです。改めて感謝。

駅のシェア自転車の多さにびっくり仰天。スマホをかざして鍵を開け、1時間1元でどこへでも行け、同じ会社の自転車置き場で降りてまたスマホで終了。自転車が多くなりすぎると、回収の車がコンピューター管理に従って。又別の少なくなっているところに返して並べるのだそうです。その数たるや唖然。自転車にはソーラーパネルがついているのでスマホがその電気を利用できるのです

15.825王府井書店入口小.jpg 18.825王府井書店1小.jpg

王府井書店へ行く。玄関入ってすぐデーンと習近平氏の著書が特別のケース展示。今、まさに話題の本。漫画も絵本も見たし、「窓ぎわのトツトちゃん」も日本の絵本もいっぱい翻訳出版されて並んでいます。『今にゲンも!』と、唇をかむ。

 王府井で羊肉串8本立ち食いして帰り、ホテルで梨にかぶりつく。

段さんからメールが入っていて、もう中国の新聞に出たそうです。

https://www.xcnnews.com/cul/495592.html

http://news.youth.cn/gn/201708/t20170825_10584336.htm


【8月26日】

6時にホテルを出て朝食探しの散歩。一歩裏側に回ると、フートンの別世界。道路掃除の作業員さんも暇な時はスマホをやってます。そして路地裏に乗用車が並んでる。小さいお店でゴマだんごと韮煎餅を食す。地下鉄一駅歩いて東単に出て、トウモロコシのお粥、果物屋さんで桃と葡萄をゲット。駅前で私の大好きな煎餅を焼いていたので又ゲット。公園でそのまま朝食。幸せなきひとときでした。

2017年8月26日北京東単散歩 002小.jpg 2017年8月26日北京東単散歩 003小.jpg 2017年8月26日北京東単散歩 005小.jpg 2017年8月26日北京東単散歩 001小.jpg  2017年8月26日北京東単散歩 008小.jpg 

地下鉄を乗り継ぎ「国展」駅への道のりは、すっかり慣れました。

台湾の著作権代理店「博達」社のブースでミッキーさんに嬉しい再会。中澤ミサヨさんから預かったお土産を渡して、昨年の台湾でのゲン出版でお世話になったお礼を言う。他の社員さんも見覚えがあり、皆さんニコニコ声をかけてくれました。「博達」のブースはとても活気があって大忙しの様子。手短にこちらの状況を話し、競合するけど、僑報社もゲンに当たってくれることを伝えたら、気持ちよく了解してくれました。どちらも手を尽くしてくださるようで、ただただ有難く感謝。ミッキーさんは『窓際のトツトちゃん』の中国語版権をとった辣腕社員です。徹子さんの本、いっぱい翻訳出版されています。村上春樹、東野圭吾、川端康成など、他のブースでは大きな展示がされていて、これも大人気。

2017年8月26日2017年8月26日ブックフェアーミッキーさん再会.jpg 児童書のコーナーは最高に盛り上がっていて、行列ができていました。どこの国も教育熱はすごい。ふと、DAYS JAPAN 写真展を思い出し、戦場や環境汚染の中で苦しむ世界の子供たちのことが頭をよぎり、ここは天国に間違いない。

ずっと立ちっぱなしで歩き回った上、地下鉄もなかなか座れず、やっと建国門にもどったけど、夕飯をなんとかしなくっちゃ。また駅の周りを歩き回って小さな包子の店を見つけて入る。ホテルに帰って桃と葡萄を食したらどっと疲れが出てダウン。あぁ、もうちょっと若かったらなぁ。神様、あと少し体力をください。

26日ブックフェアーへ再び トットちゃん小.jpg 2017年8月26日ブックフェアーへ再び 004a.JPG 

【8月27日】

 2017年8月27日朝食.jpg雨。でも、こんな日は身体を温めておいた方がいいので、又北京駅へ出かけ、今度はお粥の店を発見。包子ふたつとゆで卵とお粥で15元。なんて素敵な朝食!スーパーで林檎をゲット。満足。

 ホテルの東並びに国際会議場、長安劇院、中国社会科学院があります。昨日から「中日国交正常化45周年記念国際学術シンポジウム」が開催されていて、昨日は人民大会堂で中日から唐家旋氏、河野洋平氏、中谷元氏、中国大使などなどそうそうたる顔ぶれの列席でした。今日は中国社会科学院に会場が移り、燕ちゃんに誘われたので、ホイホイ9時から1530分まで参加、着席していたのでした。

2017年8月27日シンポジウムとプロゲン 007小.jpg 8月27日シンポジウムとプロゲン 004小.jpg 

● 基調報告:劉徳有氏「初心を忘れず原点に戻ろう」

1931年生まれですから86歳になられる。日本で言えば元文部大臣、中華日本学会の名誉会長です。私も北京の紫花草合唱団のコンサートには出席していただき、お世話になりました。文化交流の大切さの話の中で山岡壮八の「徳川家康」が220万冊、読者層は9歳から90歳までカバーしている。「窓際のトツトちゃん」は既に143刷りで1000万冊出て、まるでチョモランマのように聳えているという。 漫画などでの若者交流こそ戦略的意味があるいう話に納得。

● 基調報告:南村志郎 「日中国交正常化45周年を迎えて」

1929年生まれ。NPO法人「日中未来の会」代表 神奈川県の日中友好協会の名誉顧問。加害者と被害者の実際の場面の話がとても印象に残る。国交回復してまもなく北京に来たとき、人だかりがものすごく、かきわけながら進んでみたら、一人のおばあさんが、日の丸がポールに昇るのを身体を張って阻止していた。この旗の下で親族が殺されたという。やった奴がやられた方の立場がわかるかという命題を突きつけられ、このおばあさんから学んだ衝撃を語る。歴史認識、日米安保の大きな二つの山を超えねばならない。

大先輩たちの言葉は具体的で、まさに次世代への切なる想いが伝わってきました。

 他に日本国際情報学会会長の近藤大博氏は日米の貿易摩擦が起きた時、日本の車が市民にハンマーで叩き割られる写真を必ず添えて報道した。実際はごく一部の場所で一握りの人たちがしていたことだった・・ジャーナリストとしての反省点も重い。

歴史から未来へ向かうことの難しさを次々研究者たちが語りました。日本の「世界に一つの花」の歌から、ベスト1ではなく、オンリーワンという価値観に変化している。日中関係も変化するべきだが、日中双方に改善しようという態度がない。タイミングを合わせるホットラインが必要だという視点もありました。

 昼食券をみたら、会場はなんとわがホテル。傘をさしてビチャビチャ歩いてまずは部屋に戻って長袖に着替えました。バイキングで座った場所は相席で40代の男性に「友好関係の団体で参加されていらっしゃいますか?」と声をかけられました。事情を話したら日経新聞の政治部の方が出張で取材されているのだった。「今日の午前中のシンポはどう感じられましたか?」と、いきなり投げられました。難しいよね。お互いの国のトップの話はお互いに口に出せない状況。でも、思いがけず楽しいおしゃべりができました。もちろん、ゲンの話、ブックフェアーの話も口角泡を飛ばさず、淑女の慎みをもて語りました。

 午後のセッションでは、まさに日経的ワールドで、異色なところでは丸紅や三菱の商事会社の執行役員クラスの方の中国での来し方の話も面白かった。内容は難しくても、こういう会議が重ねられること自体が大切だと思ったしだい。


 8月27日シンポジウムとプロゲン 009小.jpgところでシンポジウムの同時通訳を男性と二人だけでずーっとやっていたのは燕。とにかくすごいとしか言いようのない働きぶりでした。休みなく日本語と中国語の早口言葉をやっているようなものだもの。まちがいなく中国屈指の同時通訳になった燕ちゃんです。

燕バッグ小.jpg彼女の重いカバンを見て驚愕。この取っ手!!私はこういう燕ちゃんが大好きです(バッグの写真を撮ったと言ったら、怒っていましたけど)

 燕に神戸大学大学院に留学中の呉さんを紹介してもらい、親しくなりました。CRIでインターンをしていたので、燕のことを「小燕ママ」と呼んでいます。ともに安徽省が故郷なので、私もお祖母ちゃん格で仲間入りしたというわけです。ホテルで3人でしばらく休んでから、プロジェクト・ゲン@北京&埼玉の仲間との夕食会に出かけました。

 8月27日シンポジウムとプロゲン 013小.jpg ゲンプロ夕食会小.jpg ゲンプロ夕食会2小.jpg

 ホテルの裏手のフートン界隈にある歴史的物語のあるお店で、つばめが、このレストランは日本と深い関わりがあると説明してくれました。


 やあやあやあやあ!胡さん一家、劉さん一家、周さん、次々登場。懐かしや懐かしや!にぎやかこの上ないひと時で、みんなゲンの一日も早い大陸進出を願ったのでした。中澤ミサヨさんからのお土産のマスクを持って記念撮影。又会おうね。私の大切な中国の同志たちです。


【8月28日】

夕べの燕ちゃんとのやりとり

燕「明日は飛行場までどうやって帰るの?」

弘「地下鉄で東直門で飛行場線に乗り換えて行く。便利になったねえ」

燕「えーっ? 飛行場へ直接行くバスが、国際ホテルから出てるよ。重い荷物持って乗換えしなくて30元で行けるよ」

弘「地下鉄は28元だから、地下鉄で行く!」

燕「ママのケチ!お好きにどうぞ!(アホかっ)」

 部屋から北京駅を望む小.jpg 8月26日北京東単散歩 009小.jpg 飛行場行バスチケット売り場小.jpg


 ……悔しいので、その場ではそう言張った。けど、考えれば、地下鉄の階段の昇り降りは、この歳では辛いものがござる。朝食に外へ出るとき、ホテルの方にきいたら、ホテルの門の外でチケット販売所があるから、そこから乗れると教えてもらいまして。空港まで、楽々45分くらいで到着したのでした。なーんだ。これからは空港からホテルまで30元で来れるぞー。あぁ、便利になったもんです。


 帰宅してみれば、ジャンはちょっとの間に大きくなっているし、バラはギプスをしたまま逃走中。ナンタルチアの日常に突入するなり。



posted by Hiromi at 05:45| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月20日

夢千代日記で原爆に関心

0820スカイラウンジ呉&李先生と3人.JPG アモイ大学から日本語学部長の先生が名市大の講演のために、偶々名古屋にいらっしゃいました。ゲンの英語版と日本語版も無事届いたとのことで、紹介者のRさんが設定してくれた名駅アソシアホテル52階のスカイラウンジへ走りました。、まあ、すごい。私はおのぼりさんで、他の3人の中国人の方達はこういう所が気にいられたかな。接客が堂にいってます。W先生、教え子の博士課程3年生Sさんも一緒に登場されました。中国の方達は突然お客が増えてもビクともしない。

 W先生は京都大学でも学ばれ、西田幾多郎の哲学を研究されています。Sさんに聞くと、岡倉天心の研究。W先生は、1988年に吉永小百合の『夢千代日記』」を見てから原爆のことに関心を持つようになったそうです。いつでもアモイ大学に来て講演もしてほしいし、学生たちと語り合ってくださいと、招待を受けたので、いつか実現させたいです。Rさんが繋いでくれたご縁に心から感謝。バラのギプス.jpg

 テロや核を使わんばかりの、脅しあいの不穏な世界の緊張が続く中、民間の一般市民の交流が何より大切とW先生。こうやって大陸への心のつながりがアメーバのように拡がっていくといいな。素適な学者さんたちでした。Rさんも有難う。
 バラが心配で、名古屋の案内もせず、帰ってしまいました。ご免なさい。
posted by Hiromi at 19:53| 愛知 ☔| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

骨折だった!

1.風呂敷に包まれて乗車.jpg 2.診察.jpg 3.念入りに・・・.jpg 4.レントゲン写真.jpg 5.ギプスの長さを計る.jpg 6.エリザベスカーラーつけて.jpg   8.ギプス.jpg 7.まずじかにテープを巻く.jpg 9.しっかり包帯グルグル.jpg
 ベッドごと風呂敷に包んでクリニックへ。Eちゃんの仕事ぶりに感心。バッチリ骨折していて、引っ張って伸ばしてグルグル包帯で固定してギプス。はーぁ。全治2ヶ月だって。若かったら1ヶ月だそうで、バラは今8歳。人間で言うと48歳だそうで。私から見れば十分若いんだけど。
posted by Hiromi at 11:20| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月19日

東京で

 日本僑報社メーテレ撮影中 .jpg 昨日は東京の池袋の日本僑報社を初めて訪ねました。2月に講師に来ていただいた段さんの出版社です。偶然Mテレクルーが厚生省に取材で上京していて、終了後池袋に走ってきてくれました。こんな不思議なことありえないのに。偶々連絡してわかったことなのです。
 繫体字の中国語版をヨッコラショとお渡しし、ご縁がある所に繋いでくださるよう、よろしくお願いしました・・・というより段さんの方から「ゲンはどうなってますか?」と、心配の電話をくださったのです。感謝。
日付が変わらないギリギリに帰宅。土砂降りの雨の中、タクシーがつかまえられてラッキーでした。

 アンラッキーな話。ジパングの3割引が、お盆の間は無効で、どえらい出費になった上、アホンダラナコトニハ、更新手続きを忘れていて、有効期限内に払い込むことを忘れていたことに気がつきました。4日前気がつきゃセーフだったのに。又新規申請からやり直しだとさ。やれやれ。

 オタンコナスナコトニハ、一昨日、うっかり網戸にして外で洗濯物を干していたら、バラが網戸を開けて逃走。一夜明けたら後ろ右足を怪我したらしく、3本足でヒョコヒョコ庭を横切るではないの! 今回は倉庫の隅にYと挟み打ちにして、簡単に捕獲できました。隣の家のフェンスまで飛べないネコになっていました。骨折ではないようですが、明日姪の病院で診察してもらう予約をしました。
ジャン盆踊り寝姿1.jpg ジャン盆踊り寝姿2.jpg ジャン盆踊り寝姿3.jpg
 トンマナコトニ、ジャンは盆踊りをしながら寝ています。呼び起こしたときの連続写真を撮っている私が一番お疲れ様。
posted by Hiromi at 21:24| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月16日

目薬をさされました

最近読んだ中で一番ドッカーンと心臓に来たニュース。この写真は有名写真週報.jpgなので。、私も何度も見ています。で、この写真の方は今、87歳で、ご健在。
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(戦死と向き合う 戦後72年夏:5)美談演出「誉れの子」 「靖国で父と対面」、戦意高揚

20178160500分朝日新聞デジタル



 日本兵の父親が戦死したことで「誉れの子」と呼ばれた子どもたちがいた。全国各地で選抜され、東京・九段の靖国神社に参拝。「父との対面」は美談に仕立てられ、戦意高揚に利用された。戦後72年。普通に悲しむことを許されなかった遺児たちはいま、何を思うのか。(木村司、岩崎生之助)

 丸刈り頭の少年が、口を一文字に結んでいる。ほおには一筋の「涙」が光る。

 写真の少年は、小学5年の八巻春夫君。1938年、父が中国で戦死した。

 父が祀(まつ)られた靖国神社参拝のため41年3月、日本兵の遺児代表として上京。皇后陛下から菓子を受け取った。その瞬間をとらえた写真は、内閣の情報局が発行した国策グラフ誌「写真週報」の表紙を飾り、「誉れの子」の象徴的存在になった。

 それから70年余り。少年は87歳になり、山梨県南アルプス市で暮らしている。

 「お菓子をもらったときはなんとも言われない、感無量で、本当に涙が出ました。でも、撮影前、目薬をさされました」

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目薬をさされたんだーーっ!こんな世の中になるかも知れない今の日本。しっかりしてないとね。


 CD.JPG前に家に来てくださったNHKの25歳のディレクターさんが8/6に放送された名古屋第一ラジオ放送での50分番組をCDにして送ってくれました。23歳のICレコーダー 〜ヒロシマを巡る旅〜。被爆3世の23歳の大学院生と25歳のディレクターのSさんが番組の骨になっています。

 中沢啓治さんもゲンの続編で差別の問題を書くつもりだったそうですが、病に倒れてそれがかないませんでした。差別があるがゆえに、被爆者であることを隠して結婚する人が多かったこと。2世も3世も何かのきっかけで突然それを知ることになり、苦悩が始まります。大学院生は研究のテーマとして、被爆者の体験の聞き取りを続ける中で、色々なことに気付いていきます。


 ゲンには戦争の全てが描いてあると思っていたけど、差別の未来についてだけは描いてないです。放射能に対する不安や疑問が未来へ連鎖して行くことの残酷さ。そういうものに対して真正面から見つめ考えボブとティム小.jpgていく若い人たちがいることに、胸が熱くなります。良い番組でした。


 Aちゃんが大興奮して笑っていたと聞いて、このお盆に初めて知った「ミニオンズ」。ネットで調べたら、なんとも愛嬌のある風貌なので、Aちゃんのお誕生日のお祝いに作ることにしました。−・・・いや、作ってしまいました。縫ぐるみの予定でしたが、どうせならと、リュックに挑戦したのでした。ディズニーから訴えられたらどーしましょう(??)

 というか、フレーベルの恩物とかシュタイナーのお人形とかの習ったはずのテツガクは、一瞬にして明後日か一昨日の方に飛んじゃって、私も自分を笑ってしまいます。




posted by Hiromi at 22:35| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月13日

お盆

子ども5人と大人たち.jpg お盆のお参り.jpg 
 お盆。突如3年生、年中、3歳、2歳、1歳が5人登場、まーぁ・・・・・・・(笑)。バラは完全退避。ジャンだけみんなの寵愛を受けてデビューを果たしました。皆これから又別のお祖父ちゃん、お祖母ちゃんちへ挨拶に移動しますので、世の中の移動に拍車をかける訳で。戦争では、こんな姿がアッというまに悲鳴の中で消えていったんだなぁと思う。
posted by Hiromi at 13:28| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月09日

長崎88歳の朗読

 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典の市長挨拶はスーッとしました。いや、スカッ。これでなくっちゃね。被爆者代表の深堀さんの「平和への誓い」に胸打たれました。朗読も88歳だからこその訴えが漲り素晴らしかった。言葉に魂がこもっていて、心に真っすぐ刺さってきた!! 私はこんな朗読がしたいのだ。
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平和への誓い。
 原爆が投下された1945年8月9日、私は16歳。
 爆心地から3.6キロ離れた、長崎県疎開事務所に学徒動員されていました。
 11時2分、白いせん光と爆発音を感じ、慌てて机の下に潜り込みました。
 夕方、帰宅命令が出て、私は学友と2人、金比羅山を越えて帰ろうと、山の中腹まで来たところ、山上から逃げてくる多くのけが人に山の向こうは一面火の海だからと制止され、翌朝、電車の線路に沿って歩き始めました。
 長崎駅の駅舎は焼け落ち、見慣れた町並みは消えてなくなり、別世界二迷い込んだようでした。
ようやくたどりついた山王神社近くの親戚の家は倒壊していました。
その中で、家のはりを右腕に抱きかかえるような姿で、18歳の姉は息絶えていました。
あのとき、私が無理をしてでも家に帰っていれば、せめて、最後に声をかけられたのではないかと、今でも悔やまれてなりません。
そのあと、大学病院へ向かい、さらに丘を越えると、眼下に浦上天主堂が炎上していました。
 涙があふれ出るとともに、怒りを覚え、ああ、世界が終わると思いました。
ここ、平和公園の横を流れる川には、折り重なって死体が浮いていました。
 私は、三ツ山に疎開していた両親に、姉の死を報告し、8月12日、母と弟と3人で、材木を井桁に組み、姉の遺体をだびに付しました。
その日は晴天でした。
 頭上から真夏の太陽が照りつけ、顔の正面からは熱気と臭気が迫り、目がくらみそうでした。
 母は少し離れた場所で、地面を見つめたまま、ただ祈り続けていました。
たった一発の原子爆弾は、7万4000人の尊い命を奪い、7万5000人を傷つけました。
あの日、爆心地周辺から運よく逃げ延びた人々の中には、助かった喜びもつかの間、得体のしれない病魔に冒され、帰らぬ人となりました。
なんと恐ろしいことでしょう。
 私は核は人類と共存できないと確信しています。
 2011年3月、福島第一原子力発電所の事故が発生し、国内の原発は一斉に停止され、核の脅威に怯えました。
しかし、リスクの巨大さにあえいでいるさなか、こともあろうに次々と原発が再稼働しています。
 地震多発国のわが国にあって、いかなる厳しい規制基準も、地震の前には無力です。
 原発偏重のエネルギー政策は、もっと自然エネルギーに軸足を移すべきではないでしょうか。
 戦後、平和憲法を国是として復興したわが国が、アジアの国々をはじめ、世界各国から集めた尊敬と信頼は、決して失ってはなりません。
また、唯一の戦争被爆国として果たすべき責務も忘れてはなりません。
 私は1979年、原爆で生き残った有志6人で、原爆写真の収集を始め、これまでにさまざまな人たちが撮影した、4000枚を超える写真を収集、検証してまいりました。
 原子雲の下で起きた真実を伝える写真の力を信じ、これからも被爆の実相を伝え、世界の恒久平和と核廃絶のために、微力を尽くすことを、亡くなられた御霊の前に誓います。
 2017年平成29年8月9日被爆者代表深堀好敏
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 そのあとのソーリの挨拶は広島に続いて最低・・・というより、頭の中の構造がいったいどうなってるのか、まったく分からん。市長と被爆者の代表が言っていたこと、聞いてたの? ぬけぬけと何言ってんの!真面目な深刻な顔さえすれば、「嘘」にならないのか。あ、それから核の「カク」のアクセント、何度も間違えたぞ。頭高で読みなさい。そもそも私が退屈してアクセントに興味が行ってしまうというのも、まずい朗読の代表なの。

posted by Hiromi at 21:53| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月07日

ゲバラの長男さんが広島に来た

 めでたくジャンのトライアルが終わり、正式に貰い受けました。名古屋市に書類も出してもらいます。これからも里親の条件を満たすために色々義務がありますが、なんとか頑張ります。
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Casa del gato 里親様の条件


□持ち家またはペット可の住宅にお住まいの方

□完全室内飼いをお守りいただける方

□脱走防止対策を講じていただける方

□飼育について家族全員の同意が得られている方

□猫アレルギーのないご家族

□終生愛情を持って飼育していただける方

□伴侶動物としてのみ飼育していただける方

□先住猫さんがいる場合は避妊・去勢手術が済んでいること

□毎年、混合ワクチンの接種と日々の健康管理をしていただける方

□不妊手術をしていただける方(術後のご報告、ご報告がなければ確認の連絡をさせていただきます)

□お試し期間(約1週間)終了後、双方の問題がなければ正式譲渡となります

□定期的に近況報告をしていただける方

□医療費の一部負担をお願いします(ワクチン、ノミダニ予防、駆虫代、不妊手術費用等)


 その他、住宅環境やご家族、在宅時間など確認させていただいております。

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 プールタオル.JPG 兎プール帽子.JPG 白黒ワンピース.JPG

 ネコのママだけでなく、マゴのババでもあり、お盆の帰省を迎える準備もしなくっちゃ。バスタオルのお値打ち品をスーパーで見つけたので、プールタオルを作り、100均でピンクのフェイスタオルをゲットして、プール帽子を作りました。スマホにネットに出ていた、いくつかの帽子の候補写真を送ったら、兎を選んだそうで、挑戦してみました。あとは、ワンピース。黒白でシックすぎるけど、今時のキッズファッションはとってもおしゃれなので、ちょっと見栄を張った大人びたデザインにしました。


 今年、ゲバラの長男さんが広島に来たという話題に、あれ?って思っていたら、ゲバラ本人がかつて広島を訪れていたんだった。全く知りませんでした。

https://www.facebook.com/satoru.konishi.35/videos/707830649320900/

「20世紀で最も完璧な人間」とサルトルが言い、「世界で一番かっこいい男」と、ジョン・レノンが言ったってことも、↑のvideoを視て初めて知りました。ゲバラが広島を見て言ったことを、なぜ日本の政府は言わないのかと思います。




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posted by Hiromi at 23:44| 愛知 ☔| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月06日

ゲンは日本語で大陸へ

 安らかに眠ってください86ジャン.jpg8月6日。暑い。広島を訪れる外国人観光客がとても増えているという。広島の世界大会での『はだしのゲン』寄贈の申し込みもたくさんあったし、資料館から英語版もあらたに注文があったそうです。資料館ではずーっと売っていただいているのです。総理とジャン86.jpg

 中国大陸から、英語版や日本語版の寄贈依頼がたくさん来ています。8月6日の私のささやかなささやかな汗の一粒。大きな汗にするには、さて、どうしよう。
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★ これはなかなかいいチャンスですので、ぜひほかの日本語の先生にもお伝えしたいと思います。中国の日本語教育にご尽力いただき、誠に感謝に耐えません。

実は、私は去年の8月まで名古屋大学で研究員をしておりまして・・・

英語版もご寄贈いただけるとのこと、日本語が分からない学生でも、英語版を読むことを通して、『はだしのゲン』という日本の有名なマンガを読むことができて、そこから戦争の恐ろしさ、平和の大切さが伝わると、大変ありがたく存じます。

添付してくださった中国新聞を拝見いたしました。翻訳作業は1970年代から始まったということに感心いたしました。今後、私も何かに少しでも役立てればと思いました。

うちの大学は日本語学科の本科生は、2000人ぐらいで、院生は何百人以上います。第二言語として日本語のできる学生は、ほかの学部にもたくさんいますから、ひとセットなら、たぶんちょっと足りないかもしれません。


『はだしのゲン』の到着をとても楽しみにしております。翻訳チームの方々は中国語版を翻訳する時にきっと色々大変苦労されたと思いますので、その本をできるだけ活かしたいのです。新学期の授業で早速学生に読んでもらいたいのです。できたら、読書感想文も考えております。ぜひまた報告させていただきたいと思います。

私は、環境文学を研究しておりますが、『はだしのゲン』をずっとまえから読みたかったんですが、このたび寄贈の情報をいただき、大変喜んでおります。
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 大陸の大学の先生たちとこういうメールのやり取りをしていると、とても元気がでます。「ともだち100人できるかな」って、小学校の新入生みたいね。
posted by Hiromi at 20:47| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月05日

福島は・・・

福島 脱被ばく実現ネット からのチラシ
0725チラシ表.jpg 0725チラシ裏新.jpg 
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2017年08月04日

裏疎開日記を書いたこども

 8月になると戦争の話題があちこちから目に耳に入ってきます。85歳のAさんからの通信に「・・・『本当の僕らの集団疎開日記』もショックだった。集団疎開の実情は知っていたが、体験のないものには伝わらない。疎開日記に本当のことを書き直しさせられただろうとは、想像できるが、裏日記を書いたのはすごいことです」というくだりがあり、私はそれにショックを受けました。

 子どもでも、裏日記を書いて真実を吐露する知恵を持っていた! 軍国少年が生産されていた時代に。

 我が家の新米ジャンと老境にはいりつつあるバラの距離が危なくて、何が起きるか分からず、神経を使います。でも、子猫は何でも知りたい見たい。怖いものなし。テレビの中にも入りたい。
ジャンとバラの距離微妙.jpg 世界ネコ歩きとジャン小.jpg
posted by Hiromi at 23:42| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月03日

ゲンとジャンと

2017wc_panf.jpg "『はだしのゲン』を広める会"からの本の寄贈の呼びかけを中国大陸にしたら、北京の仲間(プロジェクト・ゲン@北京&埼玉)がPRをしてくれたようで、アッという間に、6日間で16大学から、日本語版と英語版の寄贈の申し込みが来て、忙殺されることになりました。私は例によって、口で言いつけるだけの役目で、金沢から発送実務を担当する方たちは目をまわしているはず。

 広島では原水爆禁止世界大会が今日から始まり、金沢の「広める会」、「プロジェクト・ゲン」から4人参加しています。実りある会でありますように。内閣改造のニュースもなんだか淡々と視る。わが道を行こう。

 夕食後、姪と姪孫2人、姪孫のお祖母ちゃんまでゾロゾロジャンとバラを見にめぐちゃんとジャン.jpgやってきました。ジャンについては、保護ボランティアさんが早くからハート君という名前で、ブログで写真紹介をしていたようですが、あんまり痛々しい姿だったので、姪は私がショックだろうと、ブログのことが言えなかったと白状しました。

 ジャンの最初の姿.jpgジャンが拾われた頃の姿です。家に来るまでのボランティアさんの愛情、献身に心洗われる想い。ブログにもしっかり治療の経緯が綴ってあります。
 色々なボランティアがあることを知りました。市井の中で優しく生きている人、あふれてる。
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posted by Hiromi at 23:41| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月02日

日本語で困っている

 ジャンとカメラ.jpg  ジャンと縫ぐるみ猫1.jpg ジャンと縫ぐるみ猫2.jpg

 各地でゲリラ豪雨や地震。「お見舞い申し上げます」を何度言っても足りないくらいです。
 昨8月(もう!)1日は音声表現研究会。レポート予定者が急に体調を崩し、急遽先回の続きで、T元NHKアナさんの担当になりました。ネットで朗読の論争をしている2人の朗読家についてあれこれの雑談ふうになりましたが、芥川龍之介の短編「みかん」を件の2人が朗読しているのを聴き比べました。
 出席は7人でとても少なかったのですが、その分、話が弾みました。丁寧なレポートも、もちろん勉強になるけれど、82~3歳の役者さんが2人出席されているので、貴重な収穫もあるのです。結局、いつも最後に、日本の国語教育において、音声表現がずっとないがしろにされてきたので、全国的に小学生の時から、きちんと「日本語音声表現」を位置づけるべきだという事になります。

 80歳過ぎて聴力が落ちてきているFさんは、近頃の日本語は「国籍不明。日本語でない」と断言。「イントネーションが正しければ小さな声でも理解できる」と。そして、姿勢正しくはやっぱり基本であり、先ず、呼吸法。朗読を聞いている人は、語り手と一緒に息をしているので、呼吸がたっぷりあれば、理解できる。・・・これ歌もいっしょかもね。なーーーーんだ、基本の基本じゃないの。私はアナウンスの学校で最初に先生から、「あなたはなんてだらしのない日本語を話すの?!」って言われた時の衝撃が、初めての日本語との出会いだったという話をしました。
  
 今、日本語が壊れていってる、化石化しているという話になり、次回は、アナウンスや朗読の専門の方ではないけれど、日本語で困っている、そこんところを詳しくレポートしてもらうことになりました。新鮮なテーマ。
   
posted by Hiromi at 10:48| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする