2009年11月04日

お寺の記憶

  小学校4年生が放火した、昨日の中川区のお寺の火事にはびっくりして、思わずニュースに入り込むくらい見入りました。私が2年通った保育園の東側にあるお寺だったからです。ニュースのお寺の山門が保育園の入り口でもあった山門によく似ていたので、自分の思い出が焼かれるような錯覚に陥りました。。放火した子の心の病を思うとさらに辛い。
 トンネルのような山門を潜ると、動かなくなった電車がありました。まるで窓際のトットちゃんが通ったトモエ学園です。その下にお砂場。左右の親指同士と人差し指同士をくっつけて、そこに砂を入れると、イカの頭が出来ます。その下に片手の指を5本いっぱい広げてつけて、指と指の間に砂を入れると、イカの足が出来ます。そんな事を毎日やって何が可笑しかったのでしょうね。楽しくて仕方がありませんでした。本堂でお昼寝。お昼寝から覚めると両手を拝むように重ねてから、真ん中に空洞を作り、それから指の先を外側に広げます。チューリップの出来上がり。目をつむってお利口にしていると、手の中に先生がおやつを入れてくださった…何から何まで明確に覚えています。戦後間もない頃だから、母親達がグループを作って、交代で給食を作りに来ていました。
 
 ある日、私の母のグループが当番で来ていた時、先生が、園児が描いた一枚の絵を母親達に見せて「この絵はいかがですか?」と、訊きました。母は「上手ですねえ」と答えました。それだけならいいのですが、家に帰ってから散々「弘美が描いた絵だって分かっていたら、褒めなかったのに」と、ブツブツ言うので、『この人、変だ』と思ったことをはっきり覚えています。誰が描いた絵だって、上手は上手、下手は下手なのに…。保育園の遠足で親子で乗ったバスの中で、母が私と一緒に「るんるんわたしはまっかなリンゴです」という「りんごのひとりごと」という歌を歌ったとき、母がとんでもなく音痴だったのが恥ずかしかったこともいまだに覚えています。

 などなど、次から次に色々なこと(じゃないよねえ。母のワルクチだけじゃん)を思い出してしまいました。焼けてしまったお寺も1487年の創建ということですから、檀家や周囲の皆さんの思い出や想いがいっぱいつまっているでしょうに。悲しいことでした。

 思い出ばかりでは生きていられません。本日は、昨日ゲーテさんに「勇気を持て」と鼓舞されたので、意を決して歯医者さんに行きました。ウィーンウィーンガガガガカーーー。あーあ、やっぱり嫌やーー。被せてあった歯の中が虫歯になっていたのでした。歯冠修復及び欠損補綴。3回の通院でOKらしいです。

posted by Hiromi at 21:08| 愛知 霧| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする