2017年02月19日

段躍中さんの講演無事終りました

  朝8時45分に出発。持ち物は本108冊を私が運べるようにしたダンボール3箱、スーツケース、その他諸々。これはバスや地下鉄を乗り継いでは到底1人で運べません。運転できないものの情けない所で、Sが所用で出かける途中まで乗っけてもらって、9時15分に到着してしまいました。幸い10時にドアが開いたので、2階のホールまで、1人で荷物を運び込みました。ホソボソと1人で準備を始めていたら、Hさんと助っ人のMさんが到着。Hさんは又別の仕事に出かけて、12時半の集合時間には戻るとのこと。とにかく忙しい人が忙しいことを引き受けてサーカスのように動くというのが世の習い。戻るや否や金山橋交差点へスピーカーと看板を持って道案内と宣伝に出かける。私は講師のお迎えに金山駅に。

 午後1時15分、出札口で順調にお迎えできたらすぐ「チラシを持って迎えてくださった写真を撮らせてください」と段さん。さすがにジャーナリスト!すぐFBやツイッターに発信するのです。この方が留学生として来日してから25年。「あいうえお」から始めて出版社を経営されたり、日中のために様々な活動をして今日に至る軌跡は、膨大すぎて書ききれません。是非段さんのURLを見てください。
 講演は90分+質疑応答60分の長丁場でしたが、ノートパソコンと生身の頭脳に詰められたコンピューターがビシバシ参加者に彼の想いを届けました。ニュース映像なども多く、25年は苦労と幸福と感謝の年月だったと語る彼。マントウを作る蒸篭と布団を担ぎ、わずかなお金を持って成田空港に立った日からのことを整然と語りました。

 残念だったのは、参加者が60人くらいと少なかったこと。日中関係の大きな行事や他の市民運動の行事とも重なってしまっていました。中には「今日、僕は4つ集会が重なっていて、その中で、ここが一番参加者が少ないと思って駆けつけました・・・途中で抜けますがご免なさい」とテッカイの会の呼びかけ人でもあったIさんも。皆さん、有難うございました。手紙を書いて誘ったKさんも駆けつけてくれました。南京市出身のKさんも、原稿の締め切りが迫っている中、メールを出したら、駆けつけてくれました。皆皆有難う。会場にはどこにでも現れる「南京事件はなかったオジサン」も現われ、大激論もありましたが、段さんが誘った名古屋大学の優秀な女子留学生も2人意見を言ってくれ、内容的にはとても充実した会になりました。
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 問題の108冊の本は、段さんの「1冊1000円で買ったらもう1冊、お好きな本を贈呈」という出血サービスのおかげで60冊皆さんの手に行き渡りました。私の手元に残った本はスーツケースに収まる48冊となり、残ったチラシやレジュメは担ぎ、無事持ち帰ることが出来ました。(拙宅まで車で送ってくれたKHさん有難う)。

 5時からの懇親会は居酒屋で20人弱。色々な初対面の方たちとも話し合え、賑やかに過ごしました。
本日を以って私はテッカイの会を退会しました。といっても、引継ぎの仕事が大量に残っているので、来月の会議までにまとめなければなりません。でも、心から気持ちが楽になりました。これ以上共同代表と会計を続けるのは、個人的に危険水域と判断しました。5年間、支えていただいた皆さん有難うございました。市長選挙では、絶対に姉妹都市南京市との交流を再開せねばならないことに変りはありません。

鳥居さん司会.jpg 平山さん挨拶2.jpg どこでもいつでもニュースあり.jpg 苦労幸福感謝の25年.jpg 私が日々使っているSNS.jpg  日本語作文コンクールについて2.jpg  記念日申請.jpg Mxyk反論.jpg 留学生の発言.jpg  

posted by Hiromi at 09:21| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする