2017年03月19日

放送禁止歌は存在しない

 昨日の講演の結論は衝撃的なものでした。「放送禁止歌」は、実際には存在しないのです。禁止されたがっているのは、自分。私なのだという事。自分の頭で考え、自分の責任で行動する「自立」より、人が言うことについて生きている「他律」の方が楽だということ。価値判断を放棄して流れに身を任せて和して生きることを好んできたのは、私たちなのだ。規制されたがっているのは、「ワタシ」なのだ!
 最初に森監督の「放送禁止歌」という60分のドキュメンタリー映画が上映されましたが、最後には森監督がカメラで写している自分の姿を鏡で写している。

 ワタシもローカルラジオで歌番組をやっていたので、「つぼいさんのこの歌危ないよ」とか、聴取者からのハガキをそのまま読んでしまった若いDJが、差別用語であったことを知らなかったことで、局をあげての大問題になった、忘れられない思い出があります。中国の放送局でも「かけてはいけない曲だよ」と、教えられたことがあります。

 帰宅してから、60分の中で出てきた歌を調べていたら、You Tube で、この映画を見ることができ、復習できました。

映画の後の講演で笑った場面もたくさんありました。
タイタニック号のエスニックジョークは知っていても、この映画の後、みんなで聴くと、又ゾッとしました。
乗客を海に飛び込ませるには、どのように声をかければいいか。
    アメリカ人 「今飛び込めばあなたは英雄ですよ」
    ロシア人  「海に落ちたウォッカの瓶はあなたのものです」
    イタリア人 「美女たちも泳いでいますよ」
    ドイツ人   「規則ですから飛び込んでください」
    日本人   「みなさん飛び込んでいますよ」

モンゴルの羊の群れの話もありました。モンゴルで、羊の群れの中に必ずヤギが1匹いるので、どうしてか訊いたら、羊は集団でしか動かないそうで、今自分たちがいる場所の草を全部食べてしまっても移動しない。でも同じように草を食べているヤギは、自分のために新しい草地へ移動する。そうすると羊の群れもそれに続いて移動する。


 ↑ はモンゴルで聞いたことがあります。変なとこへつれて行っちゃう羊もあるので、気をつけなくっちゃいけないけど、社会で生きている人間の本質の一つの現象だと納得できました。

 群れないで1人で危機管理をして1人で食べ物を要求して、好きなところで寝て起きて、決してへりくだらない孤高の我が家のバラは偉い・・・と、思ったのでした。

posted by Hiromi at 07:23| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする