2017年04月01日

町の子はソンナコトバ使いません

                       シマジロウエプロン製作  シマジロウエプロン.jpg
私の小学校5、6年生の時の担任の先生は謹厳実直を絵に描いたような先生でした。もちろんその頃の私はそんな評価をした事はありません。先生は絶対的存在で、全ての大人の代表みたいに考えていました。先生の口癖は「西洋ではコレコレシカジカです。日本は恥かしいです」でした。そして又、田んぼの真ん中に建っている田舎の学校で、非の打ち所のない名古屋弁を誰に遠慮するでもなく、友だち・先生と大らかに生き生き飛び交わしていました。
 先生は「町の子はソンナコトバ使いません」と教えてくださり、言葉のカードを作って、「わし・俺⇒わたし・
僕」、「父ちゃん母ちゃん⇒お父さんお母さん」と言いなさい。間違った言葉を使ったら、自分の持分のカードをとられるという競争をさせました。カードを多く持った子が成績が良いことになるのです。私、言葉は少しは矯正できましたが、心は未だに田舎の子のままです。それが無形の故郷の自然というものでしょう? 
                  

 当時真面目だった私は懸命に頑張り、お父ちゃん、お母ちゃんや、わし(自分)など、卒業することができました・・・けど、西洋・アメリカは素晴らしい、田舎は恥かしいという価値観がしっかり根付いてしまいました。高校時代に社会科の先生が、「期待される人間像」についての批判を熱く語っていた事ははっきり覚えているけれど、どうして文部省の言う期待される人になってはいけないのか、当時はさっぱり分かりませんでした。
                      
写真は北京・玉淵潭公園 3月31日 (cri HPより) 
 北京・玉淵潭公園 3月31日 (criHPより) .jpg明治時代に「脱亜入欧」で欧米化を進め、大東亜共栄圏なんちゃって他所の国の言葉までもぎ取ってしまった時代を通って、また欧米化の掛け声でエコノミックアニマルになりました。えっ? 今は日本の伝統こそ目指すべきもの? 教育勅語は素晴らしいという内閣に牛耳られています。パン屋のおじさんが消防団で活躍するのを老人を尊敬するためにおじいさんにしてしまう。パン屋でも和菓子屋でもどっちでもいいけど、おじいさんたちを消防団で活躍させては申し訳ないよ。高齢者の運転免許返納喧しいのに矛盾してる。・・・だけではない。昨日31日に中学校の新学習指導要領が告示され、中学校の保健体育で「銃剣道」をすることになるんだって。旧日本軍の戦闘訓練に使われていた「銃剣術」の流れをくんだものです。

 「良い子」、「良い大人」、「望ましい人間像」を育てるシステムが、時の政権に振り回されるものであってはならないことを、私たちは悲惨な戦争の歴史の中で嫌というほど学んできたはず。道徳はどうしたら平和に、そして災害を防ぎ、乗り越える国にできるか、過去の反省の積み重ねの中から、皆で考える習慣をつける時間にしてほしい。いや、そんな科目はなくてもいい。全ての科目でその答えは見つかっていくはずと私は考えます。
posted by Hiromi at 09:02| 愛知 ☔| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする