2017年04月05日

花もて語れ

【4月3日】
Nさんと合流。レストランと喫茶店で5時間以上語り合い、代表をNさんに移行する話にまとまって行きました。一度にはできないでしょうから、少しずつ仕事を分散することから。色々な世界情勢から見ても、やっぱりゲンは大切な本であることをあらためて認識したし、世界に広げる必要性をつくづく感じました。AN代表は身を挺してゲンを世界へ送りだしてくれました。彼女のゲンへの想いを私たちも終生持ち続けようと確認しあったのでした。

【4月4日夜】
  花もて語れ1.jpg北陸線から中央線に乗り換えて金山下車。地下鉄で東別院下車。イーブル名古屋で「東海音声表現研究会」参加。本日のテーマは・・・『花もて語れ』から東百道の朗読の理論を考える。担当はOさん。
  「朗読とは何か」から始まる難しい理論の書と取っ組んで、簡潔にまとめてレポートしてくれるのだけれど、それでも難しく思いました。よほど私の頭が悪いのだわ。『花もて語れ』とは13巻からなるマンガで、その理論を展開しているようです。へーぇ、知らなかった、朗読の理論を綴ったマンガがあること。花もて語れ2.jpg

 私たちの八事朗読バンドで、だいぶ前に聞き比べをやったこともある、渡辺知明氏と東百道氏は朗読で論争しているそうです。東氏はマンガでは、『やまなし』『トロッコ』『セロ弾きのゴーシュ』など、皆がよく知っている作品を例にとって、どう朗読を組み立てていくか、どう表現するかと、具体的にその方法を説いています。

 花もて語れ3.jpg一つ、印象的だったのは、台本にしっかり書き込んでいくのを「朗読譜」と言っていることです。音楽の「楽譜」に値するものとして。登場人物の過去、生い立ち、時代の流れ、家族関係とか、登場人物を理解するのに必要な客観的な必要材料はいっぱいあります。いつもそれはやっているつもりだけど、作者を通り抜けて、朗読者、聴衆への流れの中で、間違うことも少なからずあると思います。作者も朗読者も聴き手も別個の感性、知性を持った「人」が読むもんね。でも、やっぱり朗読者は正しく読むことが第一義だと思います。「朗読譜」を作り、こまかく計画して朗読してみようかと思う、小さな刺激を受けました。
posted by Hiromi at 21:12| 愛知 | がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする