2017年07月12日

ねばゆっ子ちゃん

170712asahi (2).jpg共謀罪施行抗議街宣中日20170712朝.jpg★昨日、法律が説明できない法務大臣の下、共謀罪が施行。名古屋での抗議街宣。(クリックで読めます)
集会やパレードではなく、名古屋で街宣活動で40人というのは、暑さに負けぬ怒りの熱さだと思います。

★英国エセックス大学人権センターフェローの藤田早苗さんからの国際活動報告

■私は自宅で大阪からの新聞記者さんの取材を受けていました。「ゲンの中国語の翻訳をされることになったきっかけは何ですか?」から始まります。ので、チェルノブイリの話から始まり、私の話はどんどんあっちこっち行くので、いろいろ端折って、「ゲンザイは大陸の許可を待っています」が、終点。
 30代の若い記者さんはとても熱心で、嬉しかったです。若い人が興味を持って中沢啓治の遺志を受け止めてくれるのは、私の支え。一番若いのは中岡ゲン。この子に励まされて今日まで来たのだから、私は生涯の仕事と定めて、街宣や集会、デモ、勉強会には参加をひかえて、体力の温存をします。気持ちは繋がっています。
蝸牛b.jpg 蝸牛c.jpg 蝸牛a.jpg
 庭にカタツムリが一匹定住しています。ネバネバとユックリ角をあっちこっち巡らせて、生き抜いています。「ねばゆっ子ちゃん」って名前を付けたいくらい。そっかー、牛歩戦術というけど、あなたは蝸牛だったのね。頑張ろうね。

posted by Hiromi at 06:49| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月09日

りんこちゃんの8月1日

 金沢の紫金草合唱団生みの親、「紫の君」こと、故村上凛子さんの弟さんからメールをいただきました。お連れ合いの奮闘で、絵本「りんこちゃんの8月1日」が、You Tube にアップされたとのこと。 

 早速見ました。家にもまだ数冊絵本がありますので、実際に読んでみたい方はお知らせ下さい。すぐ送れます。何度も読んだはずなのに、新に想う事があふれてきます。もう会えない凛子さん。まーっすぐで真剣で一生懸命だった優しいあったかい凛子さん。犬山城へ案内した時、天守閣でキコリナを吹いてくれた凛子さん。幼い日の実際の体験が凛子さんを突き動かしていたんですね。

 弟さんはもちろん戦後生まれですが、ご両親や凛子おねえちゃんから、お話を聞いて聞いて聞いて成長されたのでしょう。凛子さんと同じく合唱をされています。日進市で「むらさき花だいこん」の原画展をした時は、お2人で駆けつけてくださって、八事朗読バンドの絵本の朗読を聴いてくださり、お2人できれいな声でコーラスもしてくださったことが懐かしく思い出されます。
凛子さん南京虐殺記念館で(紫金草物語南京初演).jpg
 写真一番左が凛子さん。南京虐殺記念館で撮ったものです。この時が合唱組曲「紫金草物語」の南京初演でした。
7月7日は七夕だと思わなくなってから久しい。今年は盧溝橋事件から80年でした。富山空襲を体験した凛子さんは、絵本の最後にこう書いています。
「震災はいつやってくるかわかりませんが、戦争は、人間が始めるのです。戦争を、終らせるのも始めるのも人間です。そこに私は希望を持つのです。」

 ★これはおまけのYou Tube。「abe is over」 4分38秒。
posted by Hiromi at 20:42| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月08日

スイカの切り方

 九州の豪雨の被災者の皆さん、心が痛みます。泥の匂いって本当に辛い。避難先が危なくなって又別のところに避難というのも、耐え難い苦痛でしょう。「自分の命は自分で守ってください! 」という究極の恐怖に自分は打ち勝てるだろうかと、ニュースを見守っています。  

 ★アベソーリが東京都議選の応援演説で、帰れ批判コールを受けて発した言葉、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」。『オンドクでこんなのもしたら面白いな・・・』と、ニヤリと冷たく笑ってみたけれど、新聞記事を読んで、ハッとしました。

 オバマさんは在任中の昨年11月、ヒラリーさんの集会で、トランプ氏の支持者が演説を邪魔したので、ヒラリーさんの支持者からブーイングを浴びたそうです。すると、オバマさんは支持者にこう呼びかけたのだ。
「みんな静かに。私は真剣だ」 「私たちは言論の自由を尊重する国に生きている」「ブーイングをやめよう、投票しよう」
 そうなんだよね。オンドクをするなら、ここまでやらなくっちゃね。ワンパターンはイヌの卒倒というけど、卒倒せずにグッと立つ。発想の転換をする。

 ここで本日の我が家のスイカが登場。自慢じゃなくって、ネットで見つけた方法を実行しただけです。畑で取れた自作の大きなスイカを宅急便で送ってくださったもの。ラップを敷いて、その上に半分に切ったスイカをパカッと乗せて、それを碁盤の目に切るの。一つ一つ抜き出せばスティック状態で、極めて食べ易い。口もほっぺもよごれません。
スイカスティック1.jpg ⇒ スイカスティック2.jpg

 昨日、核兵器禁止条約が国連本部で採択されました。議場で発言した、広島市出身でカナダ在住の85歳の被爆者は、「この日が来るのを70年間待ち続けた」と、喜びを語りました。彼女に、会場の全員が総立ちで1分間、拍手を送ったとのこと。
  けれど、あいも変わらず、わが国は条約の署名をしない。「唯一の被爆国として反核運動の先頭に立つ」と、毎年呪文のようにブチャブチャと言うだけで、何もやっていない。政府を切るのにどうしたらいいのだろう・・・と、私はスイカを眺めながら考えてます。
posted by Hiromi at 21:43| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月05日

森本喜久男さん逝去

高世さんのブログ http://d.hatena.ne.jp/takase22/ で、 IKTTのFBに訃報が載ったことを知りました。
 《IKTT(クメール伝統織物研究所)代表の森本喜久男は、病気療養中のところ、7月3日早朝、享年70で永眠いたしました。》
 余分な冨は求めず、伝統技術を創り続けた、みごとな生き方だったと思います。人生の何かの目的を達成するのに、お手本にしたい。

 財務省は、理財局長を5日付で国税庁長官とする人事を発表しました。森友学園への国有地売却問題の国会答弁で事実確認や記録の提出を拒み続けた人。だれが聞いても怪しい答弁で官邸(首相)を守り抜いたから、ご褒美の栄転なのでしょうか?  国税庁トップになった人は、これからも縦糸も横糸も嘘で織っていくのかしら。
 私は森本さんの美しい布を忘れないで生きていきたいと思います。
posted by Hiromi at 21:26| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月03日

反省

 先月金沢のANさんから借りてきたDVD「不毛の地」
と「ハンヒキヴィ・ワン  墓穴を掘る」をやっと視る。乱暴に一言で言えば、核の悲劇。ロシア ウラルの核惨事などによる放射線被害に苦しむ人々の悲劇。原発、核廃棄物の処理問題など、政府や電力会社は犠牲者のことなんか、絶対考えない。広島で世界の核被害者が集まったときの世界各地からの報告と全く一緒の残酷な構造です。

 アベソウリは歴史的惨敗の都議選の結果を謙虚に反省するって言うけど、多分反省の仕方が分からないと思う。反省するってのどかに言っているうちは良い。核の問題は、訂正・修正・やり直しがきかない地球の問題です。兎に角一刻も早く全ての原発を廃炉にし、海外に原発は売り歩かず、今ある廃棄物処理に智恵を絞ってほしい。世界の核廃絶の範になってほしい。日本はそれをすべき国です。

 藤井四段のような天才はどうしたらできるかってTVがワイワイ言っています。モンテッソーリ教育の幼稚園で育ったのが良かったとか。どうしたら頭の良い子ができるかって、みんな騒ぐ。どうしたらこんな優しい子が育ったかとかという話題はなかなかニュースには登場しない。どうしたら善良な国家ができるのかな? 命に優しい国家ができるのかな? 私は愚直にそれを考えていたい。
はなちゃんとおそろい.jpg リバーシブルチューリップハット1.jpg リバーシブルチューリップハット2.jpg 
 チューリップハットは本人の頭に届いたけど、写真を見たらやっぱり大きかったみたいなので、私は反省して、型紙を修正して、又リバーシブルで作りなおしてみました。やり直しができる事は素晴らしいことだと、あらためて思いました。懲りずに又明日、郵便で送るのだ。
  



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2017年06月30日

被爆者の証言DVD

 金沢の西本さんが被爆者の証言DVDを送ってくれました。石川県原爆被災者友の会々長でもあるし、全国被団協でも尽力している76歳。タイの国際ブックフェアーにも一緒に行き、ゲンのことも応援してもらっています。

 3年前から原爆の記憶を後世に残そうと、県内に住む被爆者に呼びかけて証言を収録し続けて来たのですが、遂に完成!これを県内の小中高、大学、図書館などに約700 枚、配布するそうです。差別を心配して、被爆者であることを隠し続けてきた人も、勇気を奮い起こして、初めての証言に臨みました。すぐ視ましたが素晴らしい仕上がりで、涙がジワジワ出て困りました。西本さん自身は4歳の時に広島で被爆。爆心地に近かったのですが、咄嗟にお母さんが押入れに突き飛ばし、覆いかぶさってくれて助かりました。

 こういう、大変な努力をコツコツとしている人には芯から励まされます。本当は私が励まさなきゃならないのにね。

 話はクルリと変りますが、チューリップハットのリクエストが来て、ついでに人形のはな子ちゃんの着せ替えお洋服も作ってくださいだって。ネットでなんとか型紙を見つけて作ってみたけど、ハットは曲線を縫うのがとても難しかったです。サイズがアバウトなので、もし大き過ぎたら、前をあげてリボンで結ぶよう、工夫をプラス。ついでにワンピースとパンツも作りました。

 チューリップハット.jpg黒猫アップリケワンピース.jpg 白パンツ.jpg
 人形を抱きしめる孫を想像していたら、合唱組曲「眠れ幼き魂」を思い出しました。作曲者の指定で空襲警報と爆撃音から始まる、はなちゃんのスモック.jpgとても印象的なオープニングの曲です。名古屋市立K高校の合唱部の定期演奏会で、私は死んだ女の子の役(朗読)を18歳の時にやりました。白い衣装で人形を抱きしめて。あれから半世紀。

 人形の服を作りながら、しみじみ戦争の無い世界を願い続けたいと思いました。お祖母ちゃんがしてやれる最後のことです。
  
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2017年06月28日

指すと打つ&祈ると念じる

囲碁と将棋.png音声表現研究会のアナOBのNさんから嘆きのメールがまわって来ました。
NHKも民放各局も
「終盤攻勢に転じた藤井四段が25歩と打って…」
「慎重に一手一手を打つ段階で」
「モットーは常に新たな手を打つこと」・・・
"碁打ちじゃあるまいし、将棋指しにとって新手は指すもので打つことなどあり得ません"というわけです。
すぐ「祈る」と「念じる」の使い分けを思いました。念じるのは仏教関係の時だもんね。でもコンカ゜ラカッテ使っていることがしばしば。

 稲田防衛ダイジンがまたすごい発言ミス。それでも辞任しないのは慣れっこ(Oh! 怖い)になったけど、謝罪の言葉が又気に入りません。「誤解を与えかねない」んだって? 誤解なんてせず、正しく聞いて、その上で怒っていますよ。
言葉を知ってて、うっかり間違えることと、全く知らないで、のうのうと使って間違えることと、どっちが罪深いのかなぁ。

疲れたので庭に出て紫陽花の葉っぱに乗ってドライブ中のナメクジと話す。0628紫陽花とナメクジ.jpg

3週間家出していた、我が猫のバラをやっと捕獲。こんどは捕獲網を別の場所にグルグル巻いて止おめんこ。バラは誤解を与えかねない言動は一切しませんし、言い訳もしません。権力にしがみつきもせず、好きなことだけして「文句あっか?」の堂々たる態度。
posted by Hiromi at 21:34| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月26日

庭の観戦

  愛知(いや、日本中)は藤井四段の将棋対戦で沸いています。みんな仕事してるの? 10時間の試合だよね。仕事中にこっそりスマホを見てるのかなぁ。これっくらい一般市民が国会を集中観戦したら素適な日本になると思うけど。

 金沢でもらってきた宿題をやっていて、パソコンに集中していると、2時間もすると、もうしんどくなって、庭に出ます。紫陽花に跨ったカマキリ。紫陽花の葉と蜘蛛。そして落ちかかっている栗の木の花と毬栗の赤ちゃん。蟻たちが栗の木を這い回り、執念を燃やしていました。
みんな生きるために戦っているのか。
紫陽花とカマキリ.jpg 紫陽花と蜘蛛.jpg 栗の花と毬栗の赤ちゃんと蟻.jpg
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posted by Hiromi at 19:51| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中学校同窓会

 【25日(日)
 T中学校の第5回同窓会に出席。あちこち転々していて、ほとんど参加してこなかったので、みんなに珍しがられました。

 6クラスの学年でした。生徒90人、先生4人の出席でもう亡くなった同窓生が35人。最初に黙祷を捧げました。古稀の歳になった「男の子」たちから「ひろみちゃん」「ひろみちゃん」と声をかけられ、なんともへんな気持ち(笑)。もちろん「女の子」たちもお互いにちゃん付けです。顔はかすかに思い出しても名前が出てこなかったり、いやはやひやひやの同窓会。卒業して半世紀以上経つのに、互いに存在を覚えていてチャンと交流できるのは、本当に幸せなことです。健康あってのこと。

 同村だったKちゃんとは卒業以来初めて会いました。「私悪い事したよ。ひろみちゃんの家に怒りに行ったことあるもん」「えっ?  私がKちゃんの家に怒りに行ったんだよ」「その続きで、又私が怒りに行ったんだがね」・・・・。やれやれ。私たちの時代は、虐められると、子どもがその子の親に直接怒りにいったんですね。学校帰りの道草喧嘩の末、3軒くらい怒りに廻ってムカムカが収まった記憶がはっきりあります。なんで喧嘩になったかはさっぱり覚えてない。

 「細道の右と左の草を結んで向こうから来る子を引っ掛からせて転ばせた」「イナゴやツボとりで田んぼにはいり込んで道草ばっかりしたね」「歌も大声で歌いながら帰ったよねぇ」・・・話はつきませんでした。親の介護の話も自分自身の病気の話も仕事の話も。ただ、戦後に生まれてここまで生きられた幸せな世代である事は間違いないねと、皆で話し合ったことです。感謝。

 先生たちも元気に挨拶されました。英語のM先生は中日新聞の「時事川柳」にちょくちょく投稿し掲載されているそうで、コピーをいただきました。その中の一つ。
 「一強が詭弁失言押し通す」。82歳になられたそうです。感謝。いつまでもお元気でいてください
posted by Hiromi at 04:06| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月23日

沖縄「慰霊の日」

 とても恥かしい話ですが、私は沖縄に嫁いだ友人から「沖縄は6月23日が終戦の日なんだよ」と教えてもらうまで、そういうことを知りませんでした。もう40年くらい前の話でしょうか。それからは何度も平和の礎へ行きました。本当に何度も。だって、我が家は2年間沖縄に住んでいたのだから。恥かしいことに、沖縄の実態を住んでみるまで、全く知りませんでした。今はほんの少し肌で感じたことを、いつも想っています。
 今日、式典で朗読された高校生の自作の詩。
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誓い〜私達のおばあに寄せて
(沖縄県立宮古高校3年 上原愛音《ねね》さん)

裸足のまま走ったおばあへ 

今日も朝が来た。
母の呼び声と、目玉焼きのいい香り。
いつも通りの
平和な朝が来た。
七十二年前
恐ろしいあの影が忍びよるその瞬間まで
おばあもこうして
朝を迎えたのだろうか。
おじいもこうして
食卓についたのだろうか。

爆音とともに
この大空が淀んだあの日。
おばあは
昨日まで隠れんぼをしていたウージの中を
友と歩いた砂利道を
裸足のまま走った。
三線の音色を乗せていた島風に
鉄の臭いが混じったあの日。
おじいはその風に
仲間の叫びを聞いた。
昨日まで温かかったはずの冷たい手を握り
生きたいと泣く
赤子の声を抑えつけたあの日。
そんなあの日の記憶が
熱い血潮の中に今も確かにある。
決して薄れさせてはいけない記憶が
私の中に
私達の中に
確かに刻まれている。
少女だったおばあの
瞳いっぱいにたまった涙を
まだ幼かったおじいの
両手いっぱいに握りしめたあの悔しさを
私達は確かに知っている。
広がりゆく豊穣の土に芽吹きが戻り
母なる海がまた
エメラルドグリーンに輝いて
古くから愛された
唄や踊りが息を吹き返した今日。
でも
勇ましいパーランクーと
心臓の拍動の中に
脈々と流れ続ける
確かな事実。
     ◇
今日も一日が過ぎゆく。
あの日と同じ刻(とき)が過ぎゆく
フェンスを飛びこえて
締め殺されゆく大海を泳いで
     ◇
癒えることのない
この島の痛み
忘れてはならない
民の祈り
     ◇
今日響きわたる
神聖なサイレンの音に
「どうか穏やかな日々を」
先人達の願いが重なって聞こえる。
     ◇
おばあ、大丈夫だよ。
今日、私達も祈っている。
尊い命のバトンを受けて
祈っている。
おじい、大丈夫だよ。
この島にはまた
笑顔が咲き誇っている。
私達は
貴方達の想いを
指先にまで流れるあの日の記憶を
いつまでも
紡ぎ続けることができる。
     ◇
誓おう。
私達はこの澄んだ空を
二度と黒く染めたりしない。
誓おう。
私達はこの美しい大地を
二度と切り裂きはしない。
ここに誓おう。
私は、私達は、
この国は
この世界は
きっと愛しい人を守り抜くことができる。
この地から私達は
平和の使者になることができる。
     ◇
六月二十三日
銀の甘蔗(かんしょ)が清らかに揺れる今日。
おばあ達が見守る空の下
私達は誓う。
私達は今日を生かされている。
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posted by Hiromi at 20:57| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする