2018年02月02日

尺八

 めったに北京放送以外のラジオは聴きません。でも、北京の燕ちゃんから今朝5時45分からの「ラジオマイあさだより」の中の「海外だより」にでるという案内をもらったので、寝過ごしてはならぬと、朝4時から緊張してラジオをつけっぱなしにして聴きました。と言っても、バラと布団に入ったまま、寝ながらのぬくぬく状態で天国。

 NHKのアナウンサーたちはやっぱり硬いなぁと思いながらも、あれこれ気をつけながらお喋りをしているのだろうと、心はスタジオの中に飛んでいる。あぁ、パーソナリティの仕事がしてみたいなぁと、ホントに30年ぶりくらいに思いました。こんな事、長い間思ったことありませんでした。昔やってた頃は浅はかだったから、今になって恥かしく思っても取り返しがつかないけど、今だったら、きっともう少しましで、かっこつけず、ありのまま自然なお喋りをするだろうなと思います。
 ラジオはいいね。電波が世界のあちこちに飛んで、想像の中に遊べます。そうだ、90歳になったら、ラジオのパーソナリティになろう。オーディション受けまくろう! なんてね。いや、一人ラジオでいいの。リスナーはバラとジャンだけでよろしいの。

 燕ちゃん登場。中国で尺八がブームになっているという話題で、尺八は元々唐の時代に中国から伝わったものだという事。本家で途絶えたものを、現在は、日本の若手尺八奏者が、逆に中国でコンサートなんかをして、その音色が中国の人々の心をつかんでいるという話。

 父が尺八をやっていて、竹林に出かけては、節の長さや太さの気に入ったのを切って来て、家でたくさん尺八を作っていました。なにせ木工所だったから、父はたいていのモノを自分で作りました。あぁ、あの尺八の未完成の竹たち、倉庫のどこに積み上げたっけ……なんて、ラジオを消してからも色々想い出を辿り、懐かしい気持ちでした。

 戦地での兵隊の娯楽は慰安婦だけではなかったのです。蓄音機で音楽聴いたり、尺八の練習を友人としていました。侵略した中国の土地で、戦闘がないときは、こういう時空があったのです。全部湖北省の馬坪という所で撮った写真です。20代後半の父と友人です。床の間の刀に戦慄します。どうして? なぜ? こういう優しげな男たちが殺し合いをしていたの? 私はそれが分からない。
馬坪の尺八.jpg 蓄音機で尺八の練習をするY.jpg 尺八と床の友人.jpg 寝転んで蓄音機を聴く友人.jpg
posted by Hiromi at 21:31| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月29日

月光荘おじさん

  金沢のスウさんに注文して「人生で大切なことは 月光荘おじさん から学んだ」を読みました。スウさんのブログにも紹介されていますし
銀座の月光荘のブログにも、紹介されています。

  月光荘表紙.JPG本が届いたら、まっ先に、頭をスウッ飛ばして、スウさんが書いている33ページほどのエッセイに突進。そのまま頭に戻って、全体に突入。1日で読めました。今の自分も励まされる大切な言葉が確かにキラキラとそこかしこにありました。
 何せ、なにげなく登場する人物たちがすごいの。まず月光荘という名前をつけたのが、与謝野晶子。開業のはなむけに詠まれた一首。
「大空の月の中より君来しや ひるも光りぬ 夜も光りぬ」

 小学校を出たら、進学しないで農家の仕事を手伝った兵蔵おじさんは、18歳のある日、一人列車に飛び乗って、一路東京を目指します。それで15歳のスウさんとも出会うことになりました。「おまえはお前でいていいんだよ」と、優しい言葉をかけ続けてくれたおじちゃんに、スウさんは救われていきます。
 スウさんは、今もそれをみんなにおすそ分けしているみたいで、私も「doでなくbeでいいんだよ」と何度も励まされています。私は画材にはあまり関わりない暮らしだけど、銀座の月の光りは私の心にもさし込んでるってわけです。
 東京に行ったら、お店を一度は訪ねてみたいと思った本でした。

★「人間のえらさは、カネを貯めた分量で、はかれるもんじゃない。人を喜ばせた分量で決められるもんだよ」という、おじさんの言葉が出てくるのですが、これはカンボジアで染色の村を創り上げた森本喜久男さんの「自由に生きていいんだよ お金にしばられずに生きる"奇跡の村へようこそ" 」(旬報社)に通じています。お金が無かったら生きていけないので、私はそこそこに欲しいんだけど、お金にしばられない心を持って生きようと、勇気をもらいました。
posted by Hiromi at 16:48| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月27日

バラ捕獲

バラ捕獲0127朝-1.jpg 朝5時半、バラが「寒いよー、ご飯ほしいよー」と、玄関で訴えた。よし、よし、入ってきたらあげるよー。「じゃ、いーらないっ」。という展開で、しかたなくご飯を入れた食器を外に出しました。食べた後はいなくなりました。
 ふと倉庫を見たら、バラのお腹の幅だけ戸が開いてました。何げなく「バラッ!」って呼んだら、「ニャー」と中から返事をしました……家族全員で倉庫に入ってドタバタして捕獲できました。

なぜ捕獲が成功したかという人間側からの考察と分析。
バラ捕獲0127朝-4.jpg
バラ捕獲0127朝-2.jpg@名前を読んだらいつも返事をするまで「お返事は? お返事は?」と、しつけてた。
A倉庫の入り口を1pほど、開けて、バラの手で押し開けられるようにしておいた
Bドアは開けたら閉めなさいとはしつけてなかった。

いや、唯一言える正しい事は、ここんとこメッチャ寒かったから。
Cバラは部屋で丸くなりたかった。バラ捕獲0127朝-3.jpg

皆さんどうぞお風邪など召しませぬように。吹きだしのニャン'Sたちの会話はクリックで大きくなります。

   
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2018年01月26日

バラにつける薬が無い

0126朝の雪.jpg  名古屋もさすがにうっすらと雪が積もりました。快晴の朝。
 まだ逃走中で、毎朝野良猫然として自分の家に「ご飯を頂戴」と言いに来るバラ。雪道を通ってくる逞しさに拍手してやりたいけれど、捕まえようとすると、又雪に足跡をつけてサーーーーッと逃げていってしまいます。バ○につける薬は無いか……と思っていたら、今度はジャンが「三毛猫」になってやってきました。ビックリしてどこで色をつけてきたかと家中探しても、そんな塗料はありません。三毛猫ジャンa.jpg雑巾で拭いても取れませぬ。

 連れ合いが起きてきて申すには、「変な臭いがすると思ったら、ストーブで燃えてた」。私、電気ストーブは、離れるときは必ずコンセントから抜くか、運転を切る。猫がスイッチを押すと危ないからね。

 バラ、バ○に変名するぞ。ジャン、焼肉のタレにつけられちゃうよ。ったく。日本中、とんでもない寒さと雪に襲われています。皆様、我が家のようなバカなことにならないよう、気をつけてください。お見舞い申し上げます。
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2018年01月24日

小説 「平和の花 紫金草物語」

   昨日の夜、沖縄の渡名喜村渡名喜島の村営ヘリポートでAH1攻撃ヘリコプターが不時着した。IMG_0010.JPG6日にうるま市の伊計島の海岸、8日に読谷村の廃棄物処分場にも不時着していて、1月中にもう3回。沖縄の人たちは気が狂いそうでしょう。那覇に住んでいた時、米軍のヘリがよく近くを飛んで、テレビの音もかき消され、それだけで憂鬱でした。それがバルンバルンと地上に予防着地されたらかないません。日本の米軍基地の70%を沖縄に押し付けていることを辛く辛く思う。
 南城市長選挙で勝った瑞慶覧長敏さんに続いて、名護市長選挙も勝ち抜いてほしいと願うばかり。

紫金草物語表紙.jpg  「平和の花 紫金草物語」という本が南京で出版され、それを日本語に翻訳した本をようよう読み終えました。翻訳したのは、南京と名古屋の姉妹都市35周年記念音楽会に駆けつけた紫金草合唱団の方。広島の方です。原作者陳正栄さんはもともと新聞記者で、作家でもあり、日本に何度も取材して、「小説」という形で紫金草の話を創り上げました。もちろん、モデル、モチーフは紫金草の種を南京から持ち帰った山口誠太郎氏の生涯。そこに日中の歴史を織り交ぜて恋物語もからめた力作です。

 私がこの物語と出会ってから17年間のことを生々しく知っているだけに、正直、「小説」に創作されると、人物設定などに違和感がないわけではなく、なかなか読み進めなかったのですが、分厚い本をとにかく読み終えました。紫金草物語裏表紙.jpg
 南京市の方が、中国全土に向けて、中国語で「紫金草」の物語を発信されたという事が最大の意味があることだと思います。例えば、満州で生物兵器の研究をした731部隊の事はよく知られているけれど、南京に1466部隊という同じ役目の部隊があった事は知りませんでした。ことほどさように、中国人側から見た「平和の花 紫金草物語」だということに斬新さを感じます。紫金草合唱団の20年になんなんとする努力の成果。奇跡に近い「本」です。
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posted by Hiromi at 22:32| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月22日

喰らいつく

  大雪お見舞い申し上げます。交通の混乱など、通勤、通学など、お仕事、所用で外出せざるを得ない方達、本当に大変ですね。怪我や事故のありませんように。

 「はだしのゲンをひろめる会」が、大連の大学に『はだしのゲン』の日本語版や英語版を贈ったことで、日本語学科のR先生と親しくメールのやり取りをするようになりました。先生は学生のゲンの読後感想文を送ってくれました。了解を得て、広める会のHPに発表してもらいました。

 雪景 大連.JPGR先生から、今日の大連の雪景色が送られてきました。大連も今日は雪が降ったそうです。モノクロ写真、墨絵の世界です。作文の内容が、この雪景色の中に静かに隠れているような…そんな気がしました。

 我が家のモノクロ猫たち、野良猫出身の一匹は逃走して1週間。毎日庭でご飯を要求して泣きます。そして秘密の実家に帰宅していきます。
 生後8ヶ月のもう一匹は超元気。まるで卓球の張本智和選手みたいです。「チョーレイ!」とは言いませんが、喰らいつく姿は猫跳躍全国選手権に出してやりたいくらいです。
 そして、私はジャンの姿から学びます。喰らいついて喰らいついて離さぬぞ。
 ジャンが保護センターの玄関に捨てられていた頃の姿を時々思い出します。拾って保護してくださったボランティアさんへの感謝は忘れられません。「生きる」ことに喰らいつく力に学びます。
 1.ハート君.jpg  ジャンジャンプD.jpg
posted by Hiromi at 23:42| 愛知 ☔| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月18日

きっとNちゃんも一緒に食事していた

  近くに家庭料理のバイキングのお店があります。バンドをしばらく休んでいるYさんと久しぶりに会ってランチ。3時間近くお喋りしてしまいました。亡くなったNちゃんが私たちを結びつけてくれたし、それも朗読がキーワードだから、今日はNちゃんも一緒に食事していたくらい懐かしく、また感謝の気持ちでした。
 Nちゃんは確実に生きている。私たちの心の中で。Yさん、仕事の都合もあって、練習日に来られなかったのですが、都合のつく日は復帰してくれることになり、4月の美濃加茂の朗読会も参加を決心。これで一気に我が朗読バンドの出演者の平均年齢が若返ります(笑)。何せ、Yさんは私の息子より若い。頑張ろうね。

 スウさんがFBに投稿していました。名古屋でダニーさんの講演会があるんですって!
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名古屋のオーガニックカフェの空色曲玉さんで、ダニーさんのおはなし会、あります!!
2月13日火曜日の1:30から。
私は、ダニーさんの書かれた「国のために死ぬのはすばらしい?」という本を読んで、お会いしたいな!って思っていたら、この本をプレゼントしてくれた上尾の深沼マリさんがダニーさんのおはなし会をひらきます、というので、えいやっと上尾まで日帰りでいってお話をきいてきました。
18歳になったら、男女問わず軍隊にはいるのが当たり前の国で生まれ育ったダニーさんが、家具作りとおなじくらい大切にしてるのが、社会のためのこうしたアクション。
具体的で、とてもリアルに今の社会、日本、世界をみることができて、自分ごとに感じられる、いいお話会でした。ダニーさんのユーモアのセンスもすてき!
名古屋近くにお住いのかた、ぜひダニーさんのお話、聞いてみてください。
空色さんのごはんもおいしいですよ。私も3度くらい、出前に読んでいただいたことのあるカフェなんです。
空色さんからのご案内です。
    ↓
「国のために死ぬのはすばらしい?」の著者で元イスラエル空軍兵士だったダニーさん。
彼は40年前に日本にやって来て結婚して家具作家をして暮らしています。
イスラエルというとずーっと戦争が絶えません。
ダニーさんが何故、今この本を書いたのか、お話しを聴きたいと思います。
参加費1500円(予約052-251-6949/090-3578-2398)
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posted by Hiromi at 22:01| 愛知 ☁| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月17日

高齢の方と海

  八事朗読バンド練習日。今日は4+1人。発声練習後に1分スピーチで近況報告。子どものセンター試験、家族の病気、友人の訃報など、1ヶ月会わないと、それだけで2時間過ぎてしまいそうなドラマがあります。
言葉の勉強も少し。トランプ氏の便所発言に絡めて、NG語が増え続けている問題。今はすぐクレームをつけて、「言葉狩り」みたいなことが起きやすくなっています。
 @標準語か共通語か。
 Aハーフ。 これをミックスにしたらどうかという案があることに、犬や猫を連想しちゃうよねと、我がバンド。昔は平気でここに書けないようなひどい言葉を何も気付かず使っていたことを今、思います。
ロウジョ.gif B老人。こればかりは全員「えーーーーっ!」。『老いた人とは何事だ』と苦情を言う人があるらしい。確かに、もし私が交通事故にあった場合、「ロウジョがロジョウで・・・」なんてニュースで言われちゃ、ホントノコトダカラ腹立たしい。まあ、私たちは「高齢の方って言おうね」という所に落ち着きました。「え、じゃ、何、・・・ヘミングウェイのは『高齢の方と海』ってわけ? 絶対『老人と海』だよねぇ!  ・・・言葉とは、デリケートなモノだということを意識してましょう。

 3作品ももちろん熱心に練習しました。私たちのバンドらしく、どう仕上げていくか。産みの苦しみも又楽し。
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posted by Hiromi at 20:42| 愛知 ☔| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月16日

着物の再利用は?

 7歳着物.jpgとっても暖かい一日でした。白いので汚れの目立つジャンを洗ったついでに、私の7歳くらいの時の着物を洗濯機で洗いました。
 7歳くらいと言うのは、叔父の結婚式の時と、舌きりスズメ.jpg小学校の学芸会の時に確かに着ている写真があるからです。学芸会で舌切り雀をやったとき、一番左端の私は美恵ちゃん(YOSHI君のお母さん)とスズメの役。お爺さん役の俊ちゃんはセリフがものすごく上手でした。私が人生で初めて朗読が上手と思ったのは、この俊ちゃんです。

 ↑ さて、この着物、Aちゃんの来年のお正月には大きすぎるかも知れないけど、ゴミに出すよりは、一度くらいは手を通してもらってもいいかと思ったの。もう仕立直しは今回で懲りたので、とりあえず丸洗いじゃーっ。母が生きていたら、卒倒したろうな(ハハハ)。

 それにしても、このお正月に着た着物は来年はもう小さい。どうする? ゴミに出す勇気はないし…座布団かなんかに直そうか……なんて考えていたら、城みさをさんが亡くなったというニュースが目に入りました。さをり織り創始者の城みさをさん、104歳でした。

 アジサイコンサート.jpg太さや色、 素材の違う縦糸と横糸の組み合わせによって自由に楽しめる「さ織り」。私は大好きで日進市のゆったり工房で織らせてもらったマフラーはとっても気持がよくて重宝しています。ステージ衣裳で着たことも2度3度あります。ゆったり工房は、趣味として、障害者の仕事の一環としてずっと、このさおりをやっているので、その恩恵に預かったわけです。 愛好者は50カ国以上に広がっているそうです。城さんの著書「私の手織りSAORI」を読んだも時も、その自由さに心を奪われました。
 そうだ、着物を壊したら、こんどは裂いて、さおりにはめ込んでもいいや。又何かに生まれ変わる! と、今は燃えていますが、はて、いつまでこの思いつきが持続させられるか。それが問題だ。


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posted by Hiromi at 23:14| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月15日

運輸科のある高校

 信越線の事故。100人集めて列車に乗せて、列車の中はどんなだったか、実証実験みたいなことまでしていたTV報道がありました。乗客乗員、関係者の皆さんの身心の疲労が癒されているといいんだけど、がま口塾古参会員だったOさんから、たまたま、このブログに話題がマッチしたので、と、息子さんも取材されている記事を知らせてもらいました。

 運輸科のある高校があるということに先ずビックリ。(ありますよね、そりゃぁ。知らないという事は恐ろしい…)。
 音声表現研究会のメンバーで、鉄道好きで、毎年美濃加茂市で開催される「春・朗読の一日」では、鉄道にちなんだ朗読をする青年がいます。大学は専門分野ではなかったのですが、とにかく鉄道が好きで、研究会でレポーターをした時は、まだ学生さんで、車掌さんのアナウンスを実演したりしていました。もちろん、夢を果たして今は鉄道会社に就職して、現場に出ています。

 この高校も、そんな鉄道大好きの、乗務員を夢見る生徒たちばかりなんでしょう。実に細かい指導がされているのだなぁと思いました。事故があった時の対応など、命を運ぶ職業ですから、O先生も、今回のような事故は教材として、熱心に指導されるだろうなと思いました。こういう学びの場があっての、適切な業務、事故対応、奮闘に感謝しなければと思った次第です。

posted by Hiromi at 09:55| 愛知 ☀| がま口弘美の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする